少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2512 エベレストの年齢制限

5/10-17  FB投稿

おはようございます。
写真は中野警察病院の8階から、ビルの谷間に見える西新宿高層ビル群。

ここへ来れば誰でも見える、エレベータもある。
エベレストから見える自然の高層群は写真や動画で見たとしても、例えそれが瞬間的なものであったとしても、肉眼で目撃するそれとは、たとえば、どんなに精巧にできたレストランのショーウインドウのサンプルと、実際にそれを味わうという物理的な違いには永遠の隔りがある、仮にそれが、脳に洗脳したイメージより高かろうが低かろうが。

されど、エベレストの風景は、その洗脳を下回ることは絶対にあり得ない・・・と思う(経験したことがないのでね)。生きて還れれば、という条件はつくけど。

「生きる」について書き、無意味な危険は避けよ、と叫んでいますが、私は「チャレンジ」を否定しているわけではありません。
昨今、高齢者の運転問題もありますが、それはさておき、エベレストはチャレンジで、次元の違う話。
年齢制限とか性別とか、それを人間が規制するとはナンセンスの極み。

人間の生命は自然が原則、自然を破壊し、自然を操ろうとする人間が、いよいよ医学とは別分野で人間の自然を自らの領域に引きずりこもうとする具。

チャレンジに声援を贈るか、二次三次災害の危惧を優先するか、それは現場の人間の個々の判断で、文書が優先するに及ばず、だ。

以下、CNNニュースを無断で転記します。

エベレスト登山に年齢制限は必要か 85歳登山家の死亡受け
CNN.co.jp 5/9(火) 13:06配信

ニューデリー(CNN) 85歳で史上最高齢のエベレスト登頂記録更新に挑んでいた登山家が、ベースキャンプで心臓発作のため死亡した。この登山家の死を契機に、エベレスト登山に年齢制限をかけるべきかどうかを巡る論議が再燃している。
一方で、登山家の死亡と年齢との間に相関関係は見られないとの統計もある。

死亡したのは登山家のミン・バハドゥール・シェルチャンさん。過去に史上最高齢でエベレストを制覇した記録を持ち、この記録の奪還を目指していたが、ネパール登山協会(NMA)によると、6日午後、心臓発作のためベースキャンプで亡くなった。

NMAのシェルパ会長はシェルチャンさんについて、「健康状態は良好で、毎日15キロ歩いていた。しかし年齢が大きな要因になったと思う」と指摘。

「エベレスト登頂には年を取り過ぎていたが、意思が非常に強かった」と振り返った。

エベレスト登頂にはチベット側の北ルートと、ネパール側の南ルートがある。

チベット側のルートについては中国当局が18歳~60歳までとする年齢制限をかけているのに対し、ネパール側のルートは下限のみ16歳以上と定められ、上限はない。

上限を定めることについてシェルパ会長は、「以前から計画はあったが、一部が反対していた。

しかし今こそ規制が必要だ」と強調。「75歳を上限とすべきだ。ただしこれは私の意見であって、政府やNMAの意見ではない」と話している。
一方、ネパール観光協会のバッタライ局長は、「現時点で年齢制限は検討課題になっていない」と述べ、内部で論議する段階にさえないと語った。

冒険家支援サイトがまとめた統計によると、登山家の死亡と年齢との間に相関関係は見られない。

1922~2006年にかけて登頂に挑んだ1万1000人のうち、29歳以下の登山家の死亡率は2%に満たない。
30~39歳では1.7%、40~49歳では1.5%。50~100歳の死亡率は1.6%だった。

エベレストでは1921~2016年に計282人が命を落としている。

年齢の問題については、有名登山家のアラン・アーネットさん(60)も自身のブログで次のようにコメントしていた。
「高齢の登山家は、加齢は止まることではないと実証し、若者は、条件さえ整えばどんな年でも素晴らしいことができると実証している」「私はそうした極限に挑む登山家を尊敬する。既定の境界という枠組みを押しやっている彼らの幸運を祈りたい。

しかしもっと大切なのは、山頂に到達できてもできなくても、無事に帰宅すること」

シェルチャンさんは1931年、ネパール生まれ。76歳だった2008年に、史上最年長のエベレスト登山を成功させた。この記録は2013年、80歳でエベレストを制覇した三浦雄一郎さんに破られた。

今回の再挑戦を前にシェルチャンさんはカトマンズ空港で記者団に対し、
「母なる地球を守り、世界人類と世界平和の健全状態を守りたい」と抱負を語っていた。

以上

 

最後のコメント「母なる云々」のくだりはよくわかりませんが。

2511 警察病院記24/生きる

5/10-17  FB投稿

 

おはようございます。本日で入院31日目。
低い雲が遠方の街に降りています。
私の仕事は「生きる」こと。

過日投稿した雪山遭難死の記事に対し、FBFの三宮千加子さんよりコメントをいただきました。以下転載。

「雪崩の起きにくい場所だから、起きない季節だから…
というのはムリがあります。
自然相手なんだから何が起きるかわからない😨
むしろ素人の方が慎重かもしれない。
遭難した高校生達は本当に無念😭
プロの登山家達は、山で死ぬことが本望とは思ってないでしょうけど、
ガンや交通事故で死ぬよりは…って感じでしょうか」以上

今朝、返信させいただきました。

人は「生きる」ことが仕事である、といつのころから人は皆、大切なことを忘れたのでしょうか?
野生の動物、海の生物、昆虫やバクテリアに至るまで、細胞ある生物は、そう、野に咲く花、草木も含め、みんな、生きるために生きている。
飽食が余暇を生み、人間が本来の営みから外れた部分(余暇)と引き換えに「生きる」術を、ある瞬間を境に断絶せざるを得なくなる、それも自らの選択において。
飽食は時として本能(DNA)を呼び醒ます。
それは食物を求めて命懸けで獲物と格闘した時代。マンモスに追いかけられ、言葉も文字も持たない原始の時代。
命辛辛(からがら)生きながらえた、あの安堵感、高揚感を求め、人はあえて生命の危険を探し巡る。
それは刹那なる本能。触れてはいけない禁断のスイッチ。
高揚感とい贅沢な獲物を獲るに至る恐怖の克服、呼び醒すな。
飢餓が戦を生み、戦が飽食を招き、飽食が人口と病気と利便と余暇と対人ストレスを生み、ストレスが解放の渇望を生み、そして呼び醒された太古の細胞が、生命を乗り越える恐怖(スリル)を求める。
冬山登山?否、ジェットコースター、オートバイク、カーレーサー、ロッククライミングバンジージャンプ、ボクシング、スカイダイビング・・・高層ビル頂上のパフォーマンス・・・
「生きる」に必要以外の味わうためだけの恐怖(スリル)。
「死にたくないけど、死に近付きたい」怖いもの見たさ、これもまた本能でしょうか?
自分の行動とリスクを客観視できれば、例えば歩きスマホ、自転車の無灯火運転、電車ホームで先頭に並ぶ、そのほか、目の前にある死に近くことは避けることができる。
避けられない事故以外は避けられる。
「生きる」本能を忘れかけてる人々へ。

追伸
長期入院から退院されたFBFのYYさんの投稿を無断で転載いたします。彼女の投稿の中のYouTube、のぞいて見てください。私の言わんとしていることがあります。一期一会。

以下転載

毎日少しずつ訓練したおかげで、電車通勤楽勝!
しょうもない投稿で、ごめんなさい💦
嬉しくて嬉しくて。。。
こんな何でもない事が、凄く幸せに感じます。
コケないで帰れそうです!
今電車の中。。
https://youtu.be/GKdaY0slYyQ 琵琶朱雀

朝が来て 今日も生きよう 今のため 平成芭蕉

2510 チベット問題2

5/9-17 FB投稿

おはようございます。
今朝、チベットの件でシェアした投稿の中から、この写真を抜粋しました。ある方の投稿で判明したのですが、これはチベットの問題と関係がない、2007年にベトナムで撮影されたものだそうです。それはBBCの記事に書かれていましたので、間違いないかと思います。チベット問題とは別次元の問題として、SNSは朝日の南京事件の捏造と同様の捏造の温床となります。
私のようにシェアを重ねる段階で、どこで意図的な捏造が行われたのか、それは法的に犯罪ではないので、追及に意味はないでしょう。

私が伝えたかったのはそこではありません。
昨日、私の職業は「生きる」こと、と書きましたが、これはもう10年以上、言い続けていることですので付け焼刃ではありません。
本日で入院30日目ですが、毎朝、20分ほど眼を閉じ、瞑想の真似ごとを試みます。
最初は宮本武蔵の心境で無になり宇宙に溶け込むことをイメージしますが、それはおそらく到達の境地で釈迦の域でしょう。
煩悩を棄てることを意識しますが、意識してる時点でアウトですね。瞑った瞼から薄明かりが濃くなり、地球の自転により太陽との距離が動いていることが、動物的に感じられます。
瞑想とは無の境地ゆえ、そこに集中力が介在してはいけないと思うのですが、何度も背筋を伸ばし、垂れた頭(こうべ)を持ち上げるのです。

そして少しだけぼんやりと見えて来たものがあります。
きょう一日をどんなふうに過ごすか、という、人生設計ならぬ一日設計です。具体的ではありません、極めて抽象的です。
ただ流されるのではなく、意志を持って流される。そうすれば、結果として辿り着いた場所が同じだとしても、次へのステージが格段に違うように思えてくる。自分自身が今現在の平和に溺れていることに容易に気付く。

写真の、おそらく兄妹は遠い国の知らない人々ではなく、同じ地球に住む過去、あるいは未来の自分の姿。
輪廻を繰り返すとしたら、人は偶然ではなく、自身の魂の選択により現在の自分のボディと環境を選んで今生に来た、と。私は、その説を信じます。自分で選んだ自分ですから、自分と他人の比較に興味はありません。

人生というか、自分自身の今日に勝ちとか負けとかあるとしたなら、結果よりも、最善を尽くすことができたか否か、焦点はそこだと思います。長渕アニキが唄う♫ 俺か俺じゃねえかで ただ命懸けだった ♫(西新宿の親父の唄 より)。媚びない!

コブクロは唄います。♫ビルの谷間に 埋もれた夢も いつか芽吹いて 花を咲かすだろう 信じた夢は 咲く場所を選ばない♫ (蕾より)
「信じた夢は咲く場所を選ばない」
私は逆説だと思います。輪廻的に言えば、「信じた夢は咲く場所を選ぶ」ゆえに咲く場所を探す、あるいは探し続ける。結果として咲く場所を見つける。ストリート出身のコブクロ自身がそうであったように、路上ライブの時代から、ステージはいつも武道館だと設定したパフォーマンスを続けていた。

例えばユーミンダンデライオン
♫風にのり 飛んできた 儚い種のように 愛はやがてくる 冬を越えて行く ♫
風に乗って飛んで来た、タンポポの種でさえ、偶然ではなく、ちゃんと着地点を選んで咲いているのではないかと、そう思います。でなければ冬は越せない。

今日一日を生きることは、難しいことではないけど、簡単なことでもない。

2509 チベット問題1

5/9-17 FB投稿

シェア投稿者のEmikoさん自身、中国が長いので十分お分かりだと思いますが、実際にチベット問題に関し、憂いている一般中国人も多数おります。しかし、公の場で異を唱えた瞬間に、反政府危険人物として即逮捕という現実が待っています。
私がこの投稿をシェアする理由は、チベットの人々に罪はまったくない。そして糾弾すべきはまず中国共産党と軍、警察。そしてそれを報道しない日本のマスコミ、朝日は特に、南京事件を捏造し、中国人に日本軍の残虐さを洗脳したのに、今なお、現在進行形で行われている中国共産党によるチベット侵略と惨殺。理由は資源目当て。ナチスホロスコープと寸分変わらぬ行為。そしてそれを看過、見て見ぬふりをする国連全体及び安保理事国、つまり国家としての中国と、二次大戦戦勝国と威を張る国々。
SNSにより世界が知ることになった事実に、何故、日本政府、日本のマスコミ、国連は沈黙するのか?
トランプがこちらに眼を向ければ北朝鮮どころの比ではない。チベット侵略が強盗殺人なら北朝鮮は万引き程度(拉致被害者の方がいるのに不謹慎であるとは自覚しますが)。比喩が適切でなければ事前に謝罪するが、私の眼にはそう映る。
小悪(とは言わないけど)を叩き潰して英雄気取りで大悪を見過ごす姿勢。これは駐車違反取締りのミドリの服のオヤジ達と同じ論理。
ピッカピカのベンツは絶対に避け(ヤーさんだったらコエ〜からね)、小市民だけを狙い撃つ。明らかに個人経営の営業車は標的。罰金15000円かな、10分の油断で1日の賃金がパー、真面目に真面目に働き、文句を言えない、言わない人を狙い撃つのと変わらない。ほとんどが悪質駐車ではない。
私を含め、我々個人は何もできない。しかし、事実を知ることは必要です。

 

Emikoさんからの返信

 

安藤さん、有り難うございます
上に紹介した在日中国人は悪い人では無いところが恐ろしいところです。

有名国立大学の総合人間学部できちんとチベットのことを勉強しておりました。左翼教育で有名な大学です。
天津に居たときも感じたことですが、中国人のチベットに対する理解が私たちとは全く異なります。
"チベットは何もない国、中国がいないとどうしようもないのに暴れ出す"といういわば洗脳に近いものを教育されております。
中国がチベットで行ってきたことを、中国に居ながらにして、外国人と同じ物差しで見れる人は何人入るでしょう。むしろ居たら、その人は狂人の類いではないかと思います。
中国人は悪いと思ってやってるのではなく、悪いのは中国がいないと実は成り立たないのに権利ばかり主張して対外的に焼身自殺するというパフォーマンスを繰り返す彼らだと疑いません。恨みすら抱いております。
まず、侵略したという考えがありませんから、入り口から大きく違います。

追伸

安藤さんのお付き合いある華僑の大富豪の方々と私の回りにいる中国人は明らかに違うと知りつつ、一纏めに書いてしまいましたことをお許し下さいませm(__)m

入院されて痛みと闘って書いて下さったこと存じております。警察病院に飛んで参りたいくらいの気持ちでおります。良くなられましたら、◯◯横丁のオカマバーのママさんのところで、是非、退院祝いさせてくださいませm(__)m

2508 5月9日のSTAY

5/9-16 FB投稿

 

おはようございます。

今日は特別な日なので、朝から青春ロマンス物語2を書きます。(お暇な方限定でね)

なぜ、僕のことを、そこまで気に入ってくれたのか、実は今でもよくわかりません。10歳年下、知り合ったころ、彼女はまだ女子大生でした。
山形県庄内地方の名家のお嬢さん。僕は東京中日を辞めて、フリーランスで稼ぎまくってた時代。新宿御苑の隣、内藤新宿の一軒家を借りて、ベンベーに乗って、ブイブイの時期。隣にはニューズウイークの東京支社長が住んでいて、日本人の奥様が彼女の地元と同じ庄内のご出身で、彼女の実家をよく知っていて、ニューズウイークでも取材されたそうです。という話を、後日、聞かされました。
と、言うのも、彼女、とても質素で、ブランド品のひとつも身につけておらず、大人しい性格で、目立たないタイプ。普通の田舎の女の子という感じでした。
でも雪国の子の特徴でしょうか、芯は強く、やると決めたことは極めるタイプ。クラシックバレエのためにアルバイトして、自費で英国のバレエ専門学校に1年間通いました。そのころ、僕は日刊ゲンダイに再就職していたので、一週間の夏休みをロンドンに充て、彼女の学生寮で暮らしました。

彼女の帰国後も交際は続きました。新聞記者の僕の仕事は、時間が超不規則で、人と約束ができません。デートには9割の確率で遅れるのですが、彼女が怒ったことは一度もありません。携帯もない時代、待ち合わせ場所で、彼女はずっと読書しながら、僕を待つのです。最長で4時間、待たせたこともあります。お酒も飲めない子なので、ジュース1杯で待たせた、それでも笑顔で迎えてくれました。

喧嘩したことは一度もなかったですけど、すねられたことはよくあります。忙しいすぎて会う時間がなかったからです。
OLしながら、下北のスクールでレッスンしたり、子供たちに教えた帰りに、彼女は必ず、私の千歳船橋の部屋に寄りました。毎回、毎回、泊まるように勧めるのですが、彼女は姉と暮らしていて、外泊は厳禁の身。深夜、彼女の三鷹のマンションまで、車を走らせます。往復で1時間半。まだ、僕も若かったからできたけど、疲れ果てた日はキツかった。

「なんで俺なんかがいいの?」
彼女に尋ねたことがあります。
「悪い人と戦うから・・・私の田舎に安藤さんみたいな人、いない」と言われました。う〜ん。
車を運転中、甲州街道で車線変更した時に、車線変更した行為に感動されたことには、ちょっと引きました。微妙な関係は微妙に続きました。

彼女から、リクエストされたので結婚することにしました。特に断る理由はなかったのですが、この子と一生やっていけるという自信もまったくなく、不安は大きかったです。とにかく純真そのものな性格なので、私の乱痴気な本性に、どちらともなく挫折しそうで、途方もない心細さがありました。

綺麗な子でした。丸の内の上場企業に勤めていたので、縁談も複数来たそうですが、すべて断ったそうです。理由は恥ずかしくて書けませんが、要は、私を待っていてくれたとのことでした。そして、私も覚悟を決め、彼女のご両親にお会いするために、庄内のご実家を訪ねました。

あらかじめ、彼女から複数の雑誌に掲載されたご実家の写真を見せられ、驚きました。特にアサヒグラフの特集は、杜氏さんと、たまたま帰省中だった彼女の笑顔が、とても印象的でした。写真で、あらかじめイメージしていたにもかかわらず、実際の彼女の実家は、マジか〜という感じで、これ、個人のお宅ですか? というのが第一印象でした。

雑誌の写真はほんの一部で、築300年以上の造り酒屋。いわゆる蔵元。敷地内には、本当の蔵があり、先祖代々の家宝が収められている。ニューズウイークの奥様が言われた通りの正真正銘。ここで、数日間を彼女とご両親と過ごし、乱痴気を完全に封じ、品行方正を装ったのですが、本当にこんなんでいいのか? という疑問が燻りはじめたのです。

結局、庄内のご実家には2度伺いました。彼女の小学校、羽黒山、海岸、お酒の源泉、彼女が本当に嬉しそうに案内してくれました。でも、私の心が、彼女ほど晴れていなかったことを記憶しています。なぜだろう?
彼女からの要望で「ちゃんと、お父さんに話して」ということになり、お父さんが出張で来ていた横浜で「お嬢さんと結婚を」と切り出しました。
「まあ、希望はわかりましたけど、まだ若いから、よ〜く考えなさい」とか、そんな風に言われました。彼女いわく「OKの合図」だそうですが、結論から言うと、僕たちは結ばれることはありませんでした。

すべて、僕が悪いのですが、彼女とはお別れしました。
彼女には、これっぽっちの非もありません。

彼女が亡くなったこと、知ったのは7、8年前のこと。それも、彼女の死後、5、6年経ってからでした。
今日、5月9日は、彼女の命日です。
コブクロのSTAY。今日は個人的に、彼女のためだけに贈らせていただきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2507 ダンデライオン

5/7-17 FB投稿

若い茄子が膳を運ぶ夕暮れ時午後6時。
「夕焼けに小さくなる くせのある歩きかた」
茄子の気を惹くためだろうか男は一節を諳(そら)んじてみた。
「はあ?何ですか?夕焼け?陽が長くなりましたね」
「チミはユーミンって知ってる?」
ユーミン?あの歌とか唄ってるヒトですか?」
(そうそう、歌とか唄ってるヒト)
「そう、ユーミンダンデライオンとか知ってる?」
「ライオンですか?たぶんお母さんが知ってます」

男が高校生の頃、親父のステレオをぶん取ってユーミンを聴いていた。隣の部屋では親父がナショナルのカセットデッキ都はるみのテープを鳴らしていた。
♫さよ〜うなら〜さよな〜ら〜♫ うるせ〜ぞ、クソオヤジ。

今、ユーミンを聴くと、同じようにクソオヤジになるのだろうか?
♫ ふるさとの 両親が よこす手紙のような
ぎこちない ぬくもりほど 泣きたくなる ♫
こんな詩が書ける人は世に二人といない。

しかし今は、ラインでチャチャチャ〜。
スタンプホイホイホ〜イ〜だ。

男は今、ユーミン マイ ベスト 100を作成中。
次々に名曲が蘇り、順序の入れ換えに、泣きたくなる。

2506 生きる

 

5/7-17    FB投稿

おはようございます。
人命救助の最中に巻き込まれ、自身が死亡。
行楽中に滑落死、雪崩死、溺死。病死、交通事故死、自殺。
宇宙の法則により、人口に対し何%が死すという学術報告が成されるが、それを鵜呑みにはしたくない。

私の職業は「生きる」こと。だから昨日までは1日も立ち止まらない仕事人間。だけど今日はわからない。今日も仕事が全うできますように朝陽と宇宙に祈ります。

万人の 痛み癒せよ 大車輪 平成芭蕉

車椅子の患者が行方不明だと、看護師が青ざめる。
窓から階下を見下ろし、遺体を探す。
「車椅子ですから、そう遠くへは行けないはず」と茄子。
それは看護師の思い込み。
車輪のついた椅子なら何処でも行ける。
「彼なら下のローソンでコーシーよ」
患者のことなら俺に聞け!

この痛み いつになったら 消えるのさ 平成芭蕉

「そろそろ帰ってもらえませんか?役立たずに喰わせるメシはないのです」
「薄々感じてはおりました。長期になると何処も同じです、病院は」
本日で29日目、確かに見知らぬ人の部屋に長居している。
「いえね、兄さんが嫌いと言うわけじゃないんですよ、私もね、上からいろいろ言われましてね」
「皆まで言わなくともわかります。心苦しいです。元々は赤の他人ですし、痛いだけで遺体にはならないし」
「で、いつ頃帰っていただけますか?」
「もちろんASAPで」
「as soon as possible 可及的速やか?」
「yes Aしたか、Soの先のAしたか、Paんパパン」
トライアルで一階ローソンまで杖で降りたが、アカン、痛い。
「退院してあとは通院にしましょうか?」
「ノー天気野郎、通院できるくらいなら退院しとるわい」

以上はある患者とある医者のココロの会話。
「ココロに愛がなければ どんなに美しい言葉も相手の胸に響かない」聖パウロの言葉より。