少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

115  引っ越し貧乏とわらしべ長者・前編

極めて個人的な話なので興味のない方はスルーしてください。
リリー・フランキーさんの小説「東京タワー」の中で「引っ越し貧乏」の定義が書かれていました。曰く「引っ越し貧乏とは引っ越しを繰り返すたびに、各種経費がかさんで、ますます貧乏になるという意味かと思っていたら、そうではなく、貧乏だから家賃を滞納して引っ越しせざるを得なくなるから引っ越し貧乏だと言うのだと・・・」。一理あるが、安藤曰くそれは「引っ越し貧乏」ではなく「貧乏引っ越し」では・・・と。みなさんはどう思われますか?
以下は安藤の個人的な引っ越し履歴です。お暇な方はお付き合いください。
東京都武蔵野市生まれ。本籍は父親の生誕地、東京都豊島区雑司ヶ谷
最初の居住地、1・東京都保谷市(現・西東京市)の柳沢団地。昭和の公団住宅で4階建ての2LDK。トイレは和式で水洗式、天井から水洗弁を引っ張るタイプ。11号棟1101号室。両親姉父方祖母と5人暮らし。約6年居住。愛知県安城市へ移住。2・南安城の木造アパートに3カ月居住。トイレはくみ取り式で屋外に。その後、3・安城市里町七曲りの立て売り住宅に移住。3DK車庫、庭付きの一軒家で約12年。途中から増築と空き家の隣家を借りて7DDKに。先の5人に加え母方の祖母を迎え6人暮らしに。その後、4・安城市今池町に親父が新居を建設し移住。祖母は他界し姉は嫁ぎ、両親と3人暮らし。ここが、現在の実家。5・新宿区西早稲田の新聞配達店の3畳一間の寮。約5カ月。6・アメリカ・シカゴのダウンタウンにある大学の寮、ハーマンクラウンセンター。約半年。7・シカゴ郊外のフランク・ロイド・ライトの生誕地オークパークのアパートに約一年。(メキシコ人のルームメイトと)。その後、8・シカゴのジャーマンタウンのアパートで約一年。(トルコ人のルームメイトと)
その後、9・ニューヨーク・マンハッタンの5番街と6番街の間の44ストリートのタカシさんのアパートに4カ月居候。
帰国後、10・長野県穂高安曇野町の全寮制予備校に8カ月。明大に入り上京して11・葛飾区東新小岩の高梨荘で一年。12・知り合いの紹介で両国(墨田区横網)の品川邸に6年間居候。全16部屋の豪邸を占領。
13・ぺんてる社長所有の隅田川リバーサイドマンションに約半年。14・下北沢のタカシさんのマンションに約半年居候。15・四谷若葉町のマンションに約半年居住。ここで平成元年を迎えた。その後、16・四谷四丁目交差点付近の新宿区内藤町の一軒家に移住。外務省官僚の所有物件で家賃12万プラス車庫代4万円。毎月16万もの家賃を払うのがばかばかしくなり17・世田谷区船橋に30坪の土地を購入し一軒家を建てる。ここに2年在住。家族は安城から連れてきたチャミーだけ。
その頃、勤務先の「日刊現代」で上司とトラぶり報復の配置転換をされ、船橋には住めなくなった。家を売りに出したところ即日で売れてしまったので、次の家ができるまで、同じ町内会にあるロフト付きアパート、18・レオパレスゆきに10カ月。19・その後、世田谷区北沢に購入した土地に建てた家が完成して現在居住13年目。安城の家より長い、人生最長の居住地となったが、実は、その間に中国、アメリカでの生活があり、実質的な時間はまだ安城より少ない。20・ハドソン川沿いのニュージャージのマンション半年。21・マンハッタンノース60番マンション約半年。22・マンハッタンタイムズスクエア近辺のマンション約1年。
23・中国クリフォードニュータウンのアパートに約3年。24・同じニュータウンのマンションに約4年。と、だいたいこんな感じです。この他に、借りたのに住まなかった物件が3つほどあります。
つまらない話ですみませんでした。後篇ではこの引っ越し人間の「意義」について書く予定です。時間にある方は覗いてくださいね。