少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

613  上海日和7

3月29日(火曜日)のこと。
僕は昨日と同じ作業を試みた。しかし、昨日より大胆な行動に出た。
午前11時30分。まだ「K」が閉店したことを知らない常連客が、やはり店の東西2方向からポツリポツリとやってくる。僕は昨日の公衆電話の陰からではなく、信号待ちの交差点で彼らのいる集団の後ろに何喰わぬ顔で紛れた。みな日本語で楽しそうにおしゃべりをしている。楽しい正午のひとときだ。もう東北地方の災害を憂う顔は、少なくともここの交差点には存在しない。
意識して見れば、この交差点からでも「K」はよく見える。いつもと様子が違うことは一目瞭然だ。ガラスドアは中から板で閉ざされ、ピンクの紙に「貸し出し中」と中国語で大きく書かれた紙が貼られている。普段のように「日本料理」という可動式の看板もなければ、スタンドに置かれたメニューや桜の造花、ちょうちん、も出ていない、実にひっそりとした煉瓦造りの建造物が、そこにポツリとあるだけだ。
僕が、ここに来てから変えたことは、オープン前の店前の掃除の徹底。入口にお清めの盛り塩を置き、さらに「きょうもお客様がたくさん来てくださいますように」と願いながら塩を撒くこと。玄関に置かれた薄汚れた造花を捨て、縁起ものの招き猫を置き、入口の外に目立つように赤ちょうちんを飾った。寒さのせいもあり、玄関のドアは最初は閉ざされていたが、客が自然に入れるように開けっぱなしにした。人員に余裕がある時は、S店長を外に立たせ呼び込み兼ドアマンをさせた。N料理長の日替わり定食の貼り紙も、美味しく見えるように書き換えさせた。例えば「本日の日替わり コロッケ定食」→「N料理長の手づくりコロッケ定食」「味噌ラーメン」→「北海道味噌ラーメン」という具合にだ。
こちら側からすれば日々工夫だが、客の反応は急には現れない。当然、そんなことはわかっていた。されど、目に映ったものはすべて、必ず潜在意識に蓄積されるから、そのうち効果は出てくると確信していた。極端に汚いもの、綺麗なものは強烈にインプットされるが、普通のものは、それが当たり前の日常だからインプットされにくい。定食屋はそれでいいのだ。飽きがこないから毎日来てくれる。それでいいのだ。
ここの「G」の定食を食べに来るサラリーマンはかなりブルジョアだ。結論から言うと安全を保障され危機感がまるでない。だから、自分の仕事に関すること以外に、多くの警戒心や関心を払わない。つまりは大企業と言われる会社の社員サン連中。日本人なら誰でも知っている企業の人たちばかりだが、経営者になる感覚、才能はない。穏やかな川で、流されている流木のようにしか僕の目には映らない。
ネットで調べる限り、中国の日本人駐在員で毎日の昼食に50元(約700円)をかけられるのはごく一握り、2割にも満たないとのこと。中には3元(40円)の社食で済ます工場労働者も多数いる。僕とて5元〜10元もあれば十分だ。
そんな危機感のないブルジョア駐在員たちは、まるで息を吸うがごとく「G」でランチを食する。つまりランチは、酸素を吸入することの延長に過ぎず、意識された行動ではないのである。すべてが無意識なのだから、メニューの書き方などどうでもいいのである。それもわかっていたが、僕らの真のターゲットは、そんなロボットではなく人間なのだ。
(つづく)