少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

966 星野仙一7

親しくしている元ドラゴンズ選手に宮下昌巳君がいる。(深大寺中ー日大三高)。豊田成佑(日大三高ー明大)経由で星野ファミリー。AKB48渡辺麻友の「渡り廊下走り隊」より、ずっと以前から「星野仙一に殴られ隊」のセンターを務め、自称「星野仙一に地球一殴られた男」。
星野さんが宮下君を憎んでいたわけではない。身長190センチ近い長身はサンドバッグにもってこいのサイズ、豊田さんは小柄だから、星野さんのお気に入りのズタ袋になった。
だから熊本藤崎台球場で喰らったクロマティーの左ストレートなど、どおくまん風にいえば「屁のカッパ、ケツの穴ブリキ」と言ったところ。「あの程度のパンチなら、毎日、仙さんからいただいていましたから」と宮下君。多少、鼻が曲がっても、まあ蚊に刺された程度。元サンドバッグは、現在、地元の調布で少年野球のアニキをやって、数人の教え子を甲子園に、そしてプロにも送り込んでいる。
「やっぱり、ある程度の鉄拳は、選手を伸ばすためには絶対に必要ですよ。だから僕は手を出します。あらかじめ親には、そういう指導方針を告げ、納得した者のみを受け入れています」とモンスターをはじめから排除。東北大震災後は現地の少年野球チームを招待して大会を開くなど、ボランティア活動もしっかり行っている。まだ独身です。どなたかいい女性を。現役引退後すぐに、吉祥寺と六本木で「基順館」というステーキハウスを開店したが、その店に一番多く、足を運んでくれたのが、やはり星野さんだった。
僕が日刊ゲンダイを辞め、いつかはやろうと決めていた骨董商。笹塚に30坪の土地を買い、一階を骨董店に設計した新居を建てた。身分不相応というか、ずいぶんと莫大な借金(住宅ローン)を背負ってしまった。35歳の時。
内装も整い、退職金を使い、アメリカで仕入れたアンティークも並べられ、何日も徹夜して値付けもした。看板も安城北中の同級生の矢頭君につくってもらった。初日に店で着る服も決めていた。見栄を張りたかったので、星野さんから開店祝いの花をいただきたかった。かと言って、そんな厚かましいお願いをできるわけがない。中日スポーツの先輩記者に取り入っていただき、名前を使わせていただく許可を間接的にいただいた。同じ要領で長嶋茂雄さんからも快諾いただいた。笹塚の住宅街にある、不思議な空間に「星野仙一」と「長嶋茂雄」が並んだ。見た人々にはどう映っただろうか?
開店二日前の一月後半、ニュースで衝撃的な訃報を聞いた。星野さんの奥様が白血病で逝去された・・・と。
二月一日のキャンプインをま近に控えた日。「夫人は星野さんを安心させてキャンプに送り込むために、この日に旅立った」のだ、とどこかのスポーツ紙が書いていた。
確か二月一日だったと記憶する。奥様の葬儀と、「ビリケン」の開店日が重なった。店の開店日はもう告知してあるので変えられなかった。知人に店番をたのみ。僕は早朝の新幹線で名古屋に向かい、長い弔問の列の後ろの方に並ばせていただいた。線香をあげ、仏様に手を合わせたとき、一瞬だが、星野さんと目が合ったような気がした。僕の気のせいかもしれないけど・・・。
出棺を見届け、僕はひとり地下鉄に乗った。すると、ものすごく懐かしい顔に出会った。K島さんだ。
確か「読売」だったか「報知」だったかライバル紙の読売グループから来た中途採用の記者。身体は細いが無頼漢なアウトローでプレイボーイ。気前と気風がいい。初めて入った飲み屋でホステスを口説き、その日のうちに彼女の部屋に上がり込み、そのまま、そこから出社するタイプ。僕と同じ匂いがするし、記者たる者、それくらいの度量がなくては務まらないと思う。絶滅の危機にある記者サムライ。早大出で普通にやっていれば出世コース。大好きな先輩記者のひとりだった。
「あれ〜K島さん。お久ぶりです」
「おお安藤かあ〜。なんや、お前、来とったんか?」
「はい、もちろんです」
「東京からやろ、ごくろうさんやな」
「はい、急なことで驚きました。やっぱりかなりお悪かったんですか?」
「う〜ん、年末から良くなかっらしいな〜」
「星野さんもこれから、という時なのに、気落ちされているでしょうね」
「う〜ん、そらそうやろうな」
「ところでK島さん、地下鉄?なんで?社の車使わないんですか?」
「ん?俺か?・・・俺の人生もゲームセットや」
「なんスかそれ?」
「・・・・」
「また今度、飲みに連れてってくださいよ」
「おお、いつでもいいぞ。名古屋に来たら連絡くれよ」
K島さんは、トレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま「じゃあな」と言って先に下車した。
彼と会ったのは、それが最後。
明大の先輩で中日スポーツMデスクから数年前に聞いた。
「K島さんなら会社辞めて、今、名鉄タクシーの運転手やってるよ。なんだか、すごく生き生きしていた」と。
僕自身もそうだから、はみ出してしまう「少数派」に共感する。
星野仙一」というキーワードだけで、まだまだ話は広がる。やはり1001回分だけでは収まらなかった。安藤の個人的な昔話に、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
(この項、了)
追記=帰国しましたら、ユーチューブや写真をアップしますので、その際はまた見てください。