少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1116 霊波之光通信8(直腸癌)

昨日5/29日、午前、新横浜の霊波之光教会へ行く。
末期のスキルス性胃癌で闘病中のOさんが入信されて2週間目となる大切な日。入院中で身動きできないOさんの代理人として御神酒をいただきに上がる。
体験談のビデオ上映があったので拝観した。
40代女性、実名で体験談を発表。
「悪性リンパ種の全身転移。自覚症状がなく、だるさを感じ、受診した時はステージ4の末期。医師から余命を宣告されました。死の恐怖より、両親と子供、夫を残して逝く不安が大きかった。知人の紹介で霊波之光教会とお繋がり(入信)しました。末期でしたが不思議と痛みはなく、信者さんが、見舞いにくると、看護婦さんから、この部屋はいつも明るい笑い声ばかりね、と言われました。数か月後、癌の腫瘍マーカーの数値が消え、完治。3年検診、5年検診でも転移再発がありません・・・」という内容。都内、もしくは近郊の方なので、教会の方を通じてご本人とコンタクトがとれるように手配をお願いいたしました。ぜひOさんに会っていただき、事実を再認識させていただきたいと思ったからです。
そして、たまたま、その場におられた男性Mさん68歳。
「5年前に末期の直腸癌。医者には早く手術しなさいと言われていましたが、医者嫌いで、手術するくらいなら、死んでもいいやくらいに考えていました。ところが、孫が生まれて、もう少し長生きしたくなりまして、病院に行ったんですが、かなり進行していて末期で余命も宣告されました。霊波之光とのお繋がりはもう長いんです。よく信者なのに、どうして癌になるんだ?なんて聞かれますけど、そりゃ人間ですから病気にもなるし、事故にも遭いますよ。ただ、そんな中でも、最善の方向に導いてくださるのです。で、私の場合、もう便が糸のように細くなっちゃいましてね。そりゃ癌が大腸と直腸を塞いでいるわけですからね・・・。もう、そんな状態でした。で、手術を受けたんです。そうしたら、直腸からゴルフボール大の癌細胞が2個も提出されましてね。わたしゃ見ていませんけど、息子と女房が見せられて、ゴルフボールにいくらがくっついているみたいだった、なんてね(笑)。その後、肛門が使えないもんですから一時的に人工肛門にしたんですけど、普通の人は半年は外せないそうですが、わたしの場合、一か月半で元通りになりましてね。医者が言うには、あんたみたいに運の強い人は珍しい・・・って(笑)。いや〜運じゃないんですけどね(笑)。まあ、こんな感じですから、私の体験を直接聞きたい方がいらしたら、どこへでも行きますよ・・・」
このような話が日常的に転がっています。凄すぎて、でも、この感覚がマヒにないように気をつけています。唐沢寿明さんと江口洋介さんの名場面。こうなってからも完治された方が多数おります。病を治すのは医学だけではありません。

Oさんへのメール
Oさん、体調はいかがでしょうか?きょうは伺えなくてごめんなさい。でも、パンフレットを配布しましたから大丈夫です。明日はまた、御神酒をお届けに伺わせていただきたいと思います。山元加津子さんという養護学校の先生の公開メールの一節です。「太陽はひとつですが、太陽と地球上のすべては、いつも一対一なんだと思えて、神様も宇宙の力もみんなそんな風にして、一人ひとりを全身全霊で守ってくださるんだなあって思ったのです」。
この方は霊波之光の信者さんではありませんが、難病の友人の看護を長年続けています。必ず回復すると確信を持たれて。日曜日に法政大学で講演会があるのでお会いする予定です。安藤。
「安藤さん、いつも本当にありがとう」(Oさん)
昨日、夕刻ですが、4カ月ぶりに気功の先生を訪ね、自分の治療をしていただきました。「霊波之光」の話をします。というのも、僕を導いてくれた鍼灸師の山内先生と気功のS先生も共通の友人です。S先生の治療には、例えば大学病院の教授クラスの身内の方も病院では治せないから・・・と医者が直接、家族を連れて来られるケースもあります。僕の場合、4か月ぶりの治療でしたが、「思ったほど機能低下はないわよ。やはり宗教の力は大きいと思うわ」とS先生。かなりタイトなスケジュールで予約はなかなか取れません。その割に料金は高くありません。「これをビジネスにするつもりはまったくないのよ。あくまでもボランティアの範疇でやっているから、広めるつもりもないし」とS先生。実は、東北大震災で仙台の実家は全壊。土日にはリュックをかついで、被災地にボランティアに行かれている。
僕の治療後、「今から自閉症の子の治療で出張なのよ。だって自閉症だから外に出られないでしょ・・・。だいぶ良くなってきたけど、結局、病気って、最後に直すのは、自分の思い、治したい・・・って思う気持ちとか、心なのよね」とS先生。
本当にその通りだと思う。本人にその気持ちがなければ、神様だって真剣に向き合ってはくださらない。