少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1122 ゆりちゃんと麻梨花ちゃん

6/3、法政大学市ヶ谷田町校舎マルチメディアホールで行われた、山元加津子先生の講演会に出席しました。みな様が言う通り、予想以上に素敵な方でした。ドキュメンタリー映画「4分の1の奇跡(強者を救う弱者の話)」を拝観したあと、前日は鳥取で講演会を終え、朝の便で移動したばかりの山元先生の講演を約2時間。「先生」という堅苦しい呼び方ではなく、みなさんが呼ぶ「かっこちゃん」が一番、お似合いでした。
一条真也さんもそうですが、この方も金沢の大浦郁代さんからのご紹介です。
短い日曜日の午後に、なんと凝縮された深い話の数々。ひとつずつ、出来る限り正確に記してみたいと思います。
まずは「ゆりちゃん」という少女の話から・・・。
「ゆりちゃん」という少女が風呂場の事故で、低酸素脳症と診断され「脳死」宣告を受けたそうです。
低酸素脳症」とゆりちゃんは診断されました。
瞬時に麻梨花ちゃんのことが過ぎり、すでに涙目に・・・。
いろんな悪条件が重なり、湯船に浸かっている最中に意識を失い、溺死するという事故です。世界一、風呂が大好きな国民で、家庭用の湯船でも、世界に類を見ないほどシンクが深く、この手の事故死は、世界で日本がダントツの一位だそうです。
病院に搬送されたゆりちゃんは脳死と判断され、回復の見込みは0%。死を待つというだけの状況下、お母さんは「もう、ゆりは、私のことすらわからなくなってしまった」と言い、「病院に来ることも辛い、来ないことも辛い」という感じで、しだいに病院から遠ざかってしまったそうです。
そんな中、かっこちゃんは、ゆりちゃんを見舞うために、毎日、病室に駆けつけました。そして、ある日、「少し窓を開けましょうね」とベッドのゆりちゃんに語りかけながら、窓を開けたところ、ふんわりとした春風が入ってきたそうです。まさに、その時、動かないはずのゆりちゃんの瞼が、かすかに動いたそうです。かっこちゃんは、そのことを、お母さんに告げました。
「まさか」というお母さんの目の前で、再び、窓を開け、春風を誘い込むと、やはり、ゆりちゃんの瞼が動いたのです。
お母さんは、「今からゆりの大好きな音楽のテープを持ってきます」と急いで自宅に戻り、その日から、ずっと、ゆりちゃんに音楽を聞かせ、耳元で語らい、ずっと、ゆりちゃんの傍から離れませんでした。
しかし、(3か月だか、6か月だか)法的に、回復の見込みのない患者の入院期限があり、ゆりちゃんは遠方の病院に移動せざるを得なくなり、かっこちゃんの元から離れてしまうことになったそうです。
それから、さらに数年の歳月が流れたある日、かっこちゃんが、かつて、ゆりちゃんが入院していた病院を訪れたとき、懐かしい顔を見つけました。ゆりちゃんのお母さんでした。
そして、お母さんの視線の先には、車椅子に乗ったひとりの少女が・・・。その少女のまなざしは、ずっとお母さんの動作を追いかけていたそうです。
その少女こそが「ゆりちゃん」でした。
「たったひとりでも、自分の将来を信じてくれる誰かがいれば、人は必ず治る。必ず、必ず、人は治る。治せる力を誰もが持っているんです」
かっこちゃんは、そう締めくくりました。
(つづく)