少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1199 さいごの東京タワー2

Yさんは自営業。身体が辛いせいもあるだろうが、もともとが無口。寡黙な人。
がっちりした肩幅。だから、健康そうな日焼けに見えるが、実はそうではない。人工透析の患者さんは、血流の関係で皮膚が「土色」になったりする。
寡黙なYさんだが、元球児の僕と野球の話になると少し笑顔になる。名門・浪商で甲子園出場・・・、球児たちの憧れ。もちろん僕も・・・。当時のエピソード、普段では聞けない話、いろいろ、いろいろ聞かせていただいた。
Yさんは、現地の病院で検査を受けた後、そのまま待機して移植希望リストに名を連ねた。待つこと2週間、その時、たまたま東京から別の患者Fさんが病院にみえた。Fさんは、現地視察ということで、まだ移植を決めたわけではなかった。検査を受け、医師たちと面会し、一旦帰国して、家族会議を開き、移植手術を決める・・・という従来のスタイルの予定だった。
運命の分かれ道はYさんも、Fさんも、なかなかドナーが出にくいO型の血液型だった。これが日本なら、術後の患者のことを無視して大量の免疫抑制剤を一生投与するのでAO式赤血球の型など関係なく手術するが、中国、すくなくとも私が担当した病院や医師たちは、そのような乱暴で患者に生涯にわたって負担を強いるような手術は行わない。
ドナーが少ないから仕方がない、というのが日本の移植医療の「言い訳」だが、これでは移植に成功したとはいえ、癌、糖尿病、感染症などに抵抗する自己免疫力が激減し、より危険な状態に陥ることも十分懸念されている。
そして、滅多い出ないO型のドナーをYさんは一日千秋の思いで待機していた。
そして、意外と早く、ドナーが出現した。医師からは「最長2〜3カ月は待つことになるかも知れない」と言われていたから、2週間でのドナーの出現にSさんも僕も安堵した。
ドナーの出現が当日の朝にわかり、午後の飛行機で医師らが、現地に飛び、ドナーから腎臓を摘出して、すぐに戻ってくる。移植手術は当日の夜に行われるのだが、「O型」というだけで、まだ、待機中のどの患者に移植されるか決定したわけではない。
とりあえず、病院内の待機患者で「O型」の患者全員に「手術の準備」に入るよう、医師看護師が指示を出し、移植フロアには緊張とざわめきが走る。
中国人の待機患者の家族たちの顔が安堵やら不安やらとさまざまな人間模様を醸し出す。
滅多に来ない、わずか2個のO型腎臓をみな、心の中で争奪する。複雑な思い、思念は心の容量を越え、どろどろと無色透明な粘着液が廊下を濡らし、待機関係者の足どりを重くする。
医師が病院に到着した午後7時、緊張は一気に高まる。ここから、速攻で臓器の最終的な病理検査に入る。
まだ、どの患者に移植するのか告げられていない。最終的には白血球HLA式のマッチング度の成績によって数字で決定する。病院のルールだ。いかに生着度を上げ、術後の免疫抑制剤を最小限に抑えるか・・・、中国の移植医はそこまでケアをする。患者のこともあるが、自身の成績や評判にも直結するため、慎重にに慎重を重ねる。
患者は全員、剃毛を済ませ、安定剤を点滴され、病室のベッドで静かに時を待った。
午後8時すぎ、僕が医長室に呼ばれた。
「今夜、手術する人を決めました・・・。理由はHLAのマッチングの成績順です」とR医師。
医師から告げられた名前が意外であり、僕は運命の流れを無情に感じた。
(つづく)