少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1585 麻梨花の青い花

わあ(^-^)ビックリしました。
たったいま大きなお花が届きました。
何というプレゼント。
帰ったら麻梨花と一緒に開けさせていただきます(^O^☆♪


http://f.hatena.ne.jp/caravan9336/20121225170811
梨花が好きだったブルーの花にドキリとしました。


Ddcember 25th on Tuesday 14:58 まりんかさんより、クリスマスカードとバースディカードのお礼のメールをいただきました。まさに、その直後、バースディのお花が届いたそうです・・・。


梨花青い花・・・


この世で起こることは、すべて必然・・・
使い古された言葉ですが、花が届けられたタイミング、麻梨花ちゃんが、好きだという青い花・・・すべてが「偶然」ではありません・・・。


12月某日、実家の安城に滞在した最終日、明朝には国鉄バスで帰京するという午後3時30分ちょうど・・・。ひとりの女性が新安城レトロカフェ「ビリケン」に入ってこられた。
「あの・・・まだいいかしら・・・?」
「どうぞ、どうぞ大丈夫ですよ・・・」
女性スタッフは帰宅して家族の夕飯をつくらなくてはならないため、閉店は午後4時と少し早い。4時閉店を知っている客は遠慮がちに入ってくる。ただ、僕が居る時は、4時過ぎでも対応できる。
「あたしだけど、誰だかわかる?」
「えっ?・・・」
知り合いの雰囲気はあったが、すぐには思い出せなかった。
「ああ、もしかしてお花屋さん?」
「そうよ」
「Dくんと待ち合わせ?」
「ううん、きょうはひとりなの・・・」
中学の同級生のDと、僕の記憶が正しければ二度、お店に来てくれたことがある。だから、この日は三度目で、ひとりで来てくれたのは初めてだった。
「何にする?コーヒーでいい?」
「うん、お願い、すごく飲みたかった」
「ひとりなんて珍しいね?」
「そうなの、きょうは少し早めにお店が終わってね・・・。こんな日、一年のうち、何日もないのよ・・・」
「そんな貴重な日に、わざわざ寄ってくれてありがとう・・・」
「ううん、いつも来ようと思ってたけど、このお店、早く終わっちゃうでしょ。仕事終わってからだと間に合わないのよ」
彼女Tさんとは、実は安城北中学の同級生・・・。といっても、三年間で同じクラスになったことは一度もない。なんせ一学年11クラス450人もいるマンモス中学。名前と顔が一致するのは、せいぜい半分。知り合い(しゃべったことがある程度)と言えるのが、さらにその半分。つまり、同じ中学で三年間を過ごしても、すれ違ってもわからない方が圧倒的に多いというわけだ。
彼女Tさんも、その圧倒的多数の中のひとり。お互いに顔も名前も知らない同級生(同窓生)・・・だった。


Tさんを知ったのは、カフェを始める少し前、いまから4年くらい前のことかな。
親しい同級生のYが「お前の家の近くに花屋があるだらあ・・・。あの子なあ、同級生だぞ、知っとった?」「名前は?」「T」「知らんなあ・・・」
で、ある日、Yとともに、花屋を訪れ、紹介されたが、お互いに「はじめまして」状態であった、やはり・・・。
余談だが、安城北中学は当時、中部、北部、東部、作野、志貴の5つの小学校の学童が合体した。野球部は三学年合わせて100名超、PL学園並みである。当時、私立の中学に行く子がクラスで1〜2人くらいで、ほとんどが北中に進学するため、マンモス校となり、統制がとれず、北朝鮮並みの厳しい校則が余儀なくされた。たとえば、生徒の中に秘密警察みたいな奴らが何人もいて、下校時など、突然、茂みや藪の中から現われて、校則違反の自転車の二人乗りなどを見つけると、逐次、学校当局へ通報され、反則者は一週間の免停となり、自転車通学許可を剥奪され、中には片道3時間の徒歩通学を余儀なくされた者も日常的にいた。
今でも同級生が集まるとそんな話になる。
Tさんの当時の実家は、お隣の岡崎市との市境にあり、道路を渡ると岡崎市で、安城北中に通うより、岡崎市の矢作中に通う方が圧倒的に近かった。
安城北朝鮮中学の校則の中に、市外に出る場合は、事前に市外外出許可証をとる必要がある。既定の用紙にできるだけ細かく「理由」を書き、保護者、担任、学年主任、教頭、校長の5つのハンコをもらわなければならない。Tさんの場合、仮に、道を横断して、パン屋でアンパンを一個買うにも、事前に許可を申請しなければならない。万が一、ゲシュタポに摘発されたら、それこそ一大事。校則違反の常習者=不良というレッテルを一生貼られることになる。


余談が長くなったが、Tさんとコーヒーをすすりながら、そんな昔話をして笑い合った。
ところで、Tさんの花屋だが、ビリケンカフェがオープンした2年ほど前、隣りのあんまき市の大型スーパーの中へと移転した。だから、久方ぶりの再会だった。
(つづく)