少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1587 続・きょうは父の日

最近ですが、街で偶然出会った女性と文通しています。まだ一度しかお会いしていない方です。
きっかけは、天草で自宅の風呂場で事故死された麻梨花ちゃんの話でした。


女性のお父様も、彼女が中三の時に、突然死されました。
交通事故でした。
お父様は家族を、それはそれは大切になさる方でした。
本業とは別に、深夜、友人から頼まれて、牛乳配達を手伝っていたそうです。
「手伝う」という意味は「仕事」としてではなく、無給の「お手伝い」という意味です。
女性のお母様は病気がちで、たくさん動けません。お父様は、昼間、フルに働いて、疲れた身体で、深夜、しかも危険な仕事。それも無給・・・。反対しない家族などいないでしょう・・。しかし、お父様は「頼まれたから・・・」とお母様の願いを聞かずに配達に出かけました。
女性はお父さんっ子で、よく、その配達のトラックの助手席に乗り、くっついていったそうです。深夜、ファミレスで休憩するときにパンケーキやらを食べるのが、楽しみで楽しみで、お父様が大好きで大好きで、ほぼ日課になっていたそうです。


そんなある深夜、女性宅の電話のベルが鳴り響きました。病院からでした。
お父様が交通事故に遭われたとのこと。
「入院になるかも知れないから・・・」とのこと。
お母様は先に駆け付け、ふたり姉妹のお姉さんが、入院セットを用意していました。次の電話で「もう入院の必要がなくなった・・・」とのこと。


お父様は、トラックの荷台から牛乳を降ろしている際、飲酒居眠り運転の乗用車がブレーキもかけぬまま突っ込み、トラックと乗用車に挟まれました。
ノーブレーキの乗用車が突っ込むだけで、どれほどの衝撃か、想像してみてください。おそらく即死。意識など有り得ません。


内蔵破裂の血の海で、お父様は駆けつけた救急隊員に、自分の姓名と電話番号をはっきりと伝え「すぐに家族を呼んでください」と言ったそうです。病院に到着してからも医師に同じことを告げたそうです。担当医も救急隊員も、あの状況で、意識があること自体が考えられないと、後に家族にそう告げたそうです。
最後の最後まで、もう身体が千切れているのに、人間はそこまで家族や誰かを想うことが出来るのでしょうか?僕には考えられません。涙も止まりませんでした。
どれだけ無念だったことでしょうか。


お父様は、先に駆け付けたお母様が、手を握った瞬間に、息を引き取られました。
お母様は「どうして、あれだけやめて・・・と言ったのに・・・」とすべてを悔やんだそうです。


葬儀のあと、友人から、真実が家族に伝えられました。
お父様は、もし万が一、自分が倒れた時にそなえ、その時は、病気がちなお母様の面倒を見て欲しいから・・・という理由で、自身が元気なうちに、友人の頼みをきいておきたい・・・という判断から、家族の反対にさからって、無給の危険作業を引き受けていたというのです。


大黒柱、地球上で最も大切で愛すべき人、幸せな家族は、一瞬にしてすべてを、すべての過去も未来も現在も失いました。
残されたのは心細い女性ばかり3人。身体が弱い母と、まだ未成年の姉妹。
誰がどのようにして、どう償うのでしょうか?
僕も飲酒運転をしたことがあります。それも一度や二度ではありません。
今、思うと、本当に恥ずべきことでした。武勇伝でもなんでもなく、ただただ恥ずべきことだったと懺悔の気持ちしかありません。
事故を起こさなかったのは、単に幸運が重なっただけで、本当は何が起こってもおかしくない状況だったのです。


現在、これだけ飲酒運転の取り締まりが厳しい中、事故現場を数多く経験しているはずの警察官による飲酒運転などは言語道断、一般人に至っても、いままで事故が起きなかったのは、ただ幸運なだけだった・・・と改めて認識していただきたい。
「少数派日記」の読者100名超の方々が、どうかこのような事実を自分に置き換えて、明日は我が身と深く深く心に刻んで、このことを友人知人に伝えて、そして飲酒運転が無くなる世の中にしてもらいたい。
この世の中から一台でも多くの飲酒運転を無くすことが、多くの犠牲者の方々が残された「犠牲の意味」です。もちろん、飲酒運転の車は100台、1000台、1万台無くなろうが、彼女のお父様や、他の犠牲者の方々は帰ってきません。まったく不十分です。犠牲の代償が大きすぎます。
この世から、せめて日本の道路だけでも、飲酒運転が、一台も存在しない日が来たとき、ようやく彼ら彼女らの犠牲は報われる・・・そんな風に思います。
「少数派日記」の使命は、麻梨花ちゃんや、女性のお父様、防げるはずの事故を防ぐための情報提供です。どうか、多くの方々に飲酒運転の悲惨を伝え、撲滅に尽力してください。安藤総理からのお願いです。