少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1774 浄土からの声が聞こえる23

佳子は、自分でもわからなかった。
何故か、吸い寄せられるようにして、この病院を訪れ、今までなら、受付で事情を話し、入院者名簿を調べてもらう作業や問答を繰り返していた。入院患者の中には個人情報保護法に基づいて公表を拒否する人もいて、すべて調べられる状況ではなかったから、完璧とはいえなかった。
ただ、なんとなくだが、佳子は、この病院に両親がいるような気がした。
病院は築20年くらいだろうか、さして新しくもない三階建の、ごく普通の町の病院だった。この規模なら一時間もあれば、全病室を確認できる、と佳子はそう思った。だが、佳子の足は、何故だかわからないが、本館の裏手にある、古びた二階建てのコンクリのはげた建物に向かっていた。
何故だかわからない・・・。しかし、佳子には見覚えがある。それが、夢の中だったのか、幼いころの記憶なのかは定かではない。しかし、懐かしい香りがした。


本館と旧館とでも表現しようか、壁のない屋根だけの渡り廊下で繋がれているということは、病院施設の一環であることは、想像できたが、佳子には、その建物が薬品などを収納した倉庫のように思えた。というのも、各窓にアルミ製の格子がはめ込まれていて、それが盗難防止柵だと直感したからだ。
だが、その反面、古いコンクリの生気のない建物に、真新しいアルミの格子が世界を遮断する最も軽量で、最も不気味なコントラストを描いた光景に、佳子は得体の知れぬ恐怖と不安を瞬間的に感じ取った。


そしてエントランスを抜け、何気なく覗いた暗い廊下の片隅。逆光に反映された、もう小さくしぼんでしまった父親のシルエット。抱き合う二人、声をあげて嗚咽する佳子。声をあげずに涙する父。床の上のホコリと砂が佳子の歩みで舞い上がり、それが西日に照らされ、まるでダイアモンドダストのように宙を舞った。視覚には綺麗だが、その中身は、ただのダスト。ダイアモンドではない。室内、しかも病院の中にして、この環境・・・、腰を下ろす気さえ遠のく汚れたままの長椅子。なつかしく、たくましかった父の身体から、あの浄土ヶ浜の浜の匂い、潮の香りはすっかり消え、幾日も入浴の気配のない、ただの老人臭だけが、佳子の鼻をついた。


「おとうちゃん・・・たいへんだったよね・・・あたし、何度も、何度も、探しに行ったんだよ・・・・」
佳子は、そういうのが精いっぱいだった。
父・拓馬はただ、うなづくだけだった。


しばらくすると、佳子は異変に気がついた。
廊下に電気はついておらず、ただ、ここが病院の一角であることには、間違いなさそうだ。そして、時々だが奇声が聞こえてくる。
ここは何処なの? どういう場所なの・・・。
佳子は不安の中、それでも、何故か安らげる場所を見つけたような気分になっていた。


(つづく)