少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1852 浄土からの声が聞こえる30

信じるか信じないかはあなた次第なのですが、本日から4日ほど前の04/15月曜日、午後4時ごろのこと、自室のベッドでパソコンに向かっていると、右耳の耳鳴りに混じって、呪文のような声が聞こえてきました。
なんだろう、なんだろう、なんだろう、だんだんと近づいてきました。
もう気になって仕方がありません。耳を澄ますと部屋の外から聞こえてきました。


ふと、廊下に出て目をやると白い服を着た、白髪の老婆が、隅にしゃがみ込んで「念仏」を唱えていた。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・・・」
低く、小さな声だった。
安藤総理の部屋は北の端にあるため、廊下は行き止まり。ガラス張りになっているので暗いイメージはない。院内で「南無阿弥陀仏」は、あまり好感が持てる所業ではない。ましてや相部屋なら嫌がる人もいるだろうし。
だが、老婆の声は控えめで、呪文の出所がわかればそれでよかった。入院中のおばあさん、もしくはお見舞いに訪れたおばあさんが、自身、あるいは患者さんのために念仏を唱えているだけだと思ったからです。


総理注=念仏とは、今日一般的には、浄土教系の仏教教団において合掌礼拝時に「南無阿弥陀仏」と称えることをいう。サンスクリット語では"buddha-anusmRti"で、仏陀に対する帰敬、礼拝、讃嘆、憶念などの意。


そして翌日、複数の看護士に尋ねました。
「きのうのおばあさん、どうしてますか?」
「えっ?きのうのおばあさん・・・って誰ですか?」
「ほら、夕方、廊下で熱心に念仏を唱えていたおばあさんですよ!」
「えっ、誰ですか、それ? そんな人いましたっけ?」
老婆は、少なくとも30分以上は、廊下に佇み念仏を唱えていました。絶対に誰かが目撃しているはずです。たまたま、その看護師が見なかっただけだと思い複数の看護士に聞きましたが、完全にこちらが「変人扱い」されました。
じゃあ、いったい、あのおばあさんは誰? あんなにはっきり見えたのに!


たまたま、外来病棟の看護婦さんに岩手出身の看護婦さんがいました。私は、海に眠る老婆のことを訪ねた。
やはり岩手県民の多くは浄土真宗の信者さんが、極めて多い土地柄だそうで、浄土ヶ浜や、霊山と呼ばれる恐山があるのも、それに起因しているのが定説である。冥土、浄土への入口とされている賽の河原へは、近いうちに訪れることになるだろう。


総理注=浄土ヶ浜=入り江を形成する岩塊の裏側(外海側)には、太平洋の荒波の浸食を受けた、入り江側とは対照的な男性的ともいうべき景観が見られ、これらは、「剣の山(針の山とも)」「賽の河原」「血の池」等、同じ東北地方に位置する恐山の地名呼称と共通する名称で呼ばれている。海岸名の由来は、天和年間(1681年 - 1684年)に、曹洞宗に属する宮古山常安寺七世の霊鏡竜湖(1727年没)が「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことから名付けられたとする。


総理は、老婆が浄土ヶ浜の生まれ育ちだと思っていたので曹洞宗の信者さんだと思っていたが、それは後に浄土真宗本願寺派であることが判明した。もしかしたら結婚を機に改宗されたかも知れないのだが、まだそこまでわからない。


総理注=曹洞宗(そうとうしゅう)は、中国の禅宗五家(曹洞、臨済、潙仰、雲門、法眼)の1つで、日本においては禅宗曹洞宗日本達磨宗臨済宗黄檗宗普化宗)の1つである。本山は永平寺福井県)・總持寺横浜市鶴見区)。専ら坐禅に徹する黙照禅であることを特徴とする


逆に、老婆の念仏「南無阿弥陀仏」を聞くことにより、老婆が浄土真宗であることが確定できた。このあたりは老婆にとって、譲れない記述だということになろうか・・・・・。


総理注=浄土真宗本願寺派=宗祖親鸞墓所である「大谷廟堂」を発祥とする「本願寺」(「西本願寺」)を本山とする。包括関係にある末寺数は10497か寺を数える。信者数約694万人は浄土真宗真宗)の各宗派中最大であり、また、仏教系の宗教法人の中でも最大数を誇っている。宗教法人全体でも、神社本庁についで2番目に多い(2000年12月31日現在)。明治時代の初期に、西欧の三権分立をまね、立法(宗会)・行政(宗務所)による施策決定システムを持っている。これは、明治政府の構築のモデルともなった
教義=阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。
生活=親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。
宗門=この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。
「念」とは、「憶念」、「仏隨念」、「心念」(観心)、「観念」(「観想」)、「称念」などの意味がある。


念仏については、さらに正しく物を見るために、五停心観(ごじょうしんかん)という、心を停止する観法があり、その中にも「念仏観」がある。この場合の念仏観は、睡眠とか逼迫の障りを対論して心を静止せしめるための方法をいう。

このように、念仏には、様々な受け取り方がある。原始浄土教

無量寿経』などの浄土経典では、阿弥陀仏を念仏することにより、その仏国土である極楽浄土に往生できると説かれている。この場合、浄土教が展開していく過程で「念仏」の意味は、憶念(仏随念)、思念(作為)、念仏三昧、観想念仏、称名念仏と解釈が分かれるようになる。


おそらくではあるが、老婆は意識不明のため、自身で念仏を唱えることもできず、また老婆のためだけに念仏を唱えてもらうこともできず、浄土にはいけず、賽の河原あたりで、佇んでいるのではないか。そんな姿が想像でき、このような手段を使って訴えてきたのではないだろうか?
完治しかかっていた、私の左足は、その日を境に再び悪化。高熱にうなされ、塞ぎかけた傷口は、また開かされ、月内の退院を目標にしていたが、本日、傷口を見せられ、その可能性は消えたと諦めた。


(つづく)