少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1889 青春18切符W編2

希望と悪夢が交錯した宴の翌日、僕は国鉄青春18切符で午後11時23分東京駅発の大垣行き普通夜行列車に乗り帰郷の途についた。山元さんはホームで駅弁と缶ビール2本を買って持たせてくれた。
「受かってるといいな。でも、受かってなくてもまた遊びにおいでよ」と言うと豪快に笑った。
夜汽車は東京を滑り出し、西へと向かった。小田原を最後に通勤客のほとんどが降り、車内の4人掛け直角シートは僕の独占所有物となった。僕はまだ昨夜の酒が抜けきらないのを感じつつも缶ビールを開けた。
山元さんの一留はジャズピアニストを目指して、一年間、メキシコを中心に南米をバックパックで渡り歩いたそうだ。ジャズピアニストと言われても、その風貌からは全く想像もつかない。
「向こうに行ったらさあ、やたら上手いやつがゴロゴロいるわけよ。でさあ、ああ、これじゃあメシ食っていけねえって、挫折して帰ってきたというわけさ」と豪快に自虐する山元さんの笑い顔。これから画面の中の人になる岡崎さんのこと、最後まで付き合ってくれた二人の女子大生へのほのかな恋心、東中野で拾った長身のサラリーマンのその後の人生など、この一週間に凝縮された受験以外の受験旅行をかみしめながら缶のビールを飲んだ。


早朝、5時30分、地元の駅に着いた。早朝だというのに輝川が車で迎えに来てくれた。ありがたいことだ。
「おう、どうだった試験?」と輝川。「まあ、いずれにしても東京に行くことになるかな」と僕が言うと「ふ〜ん、それじゃあ俺も行くかな、東京・・・」などと当てもなく輝川は言ったが、実際に輝川は東京に来て警視庁中野警察学校に入学した。


不幸の電報を受け取ってから、僕は親父に泣きついた。「早稲田予備校に行く金を貸してください」
「返す当ても無いくせして軽々しく人に金を貸してくれなどとぬかすな」と一喝された。
確かに返す当てなどどこにもなかったが「予備校に行く金出してください」などと、そんな恥ずかしいことはとても言えなかった。
母親は予備校に行くなら地元にも河合塾という大手の名門予備校がある、そこへ行きなさいという。しかし、そこは地元の中学や高校の同級生も多数通うので、また高校の延長になってしまう。僕はそんなことを大義名分にして、両親を口説いた。そして父親はこう言った。
「いいか何度も言うが、お父さんはお前に、勉強してくれと頼んだ覚えは一度もない。そこだけは、はっきりさせておく」
「はい、わかっております」
「うん、それがわかっているならそれでいい」
それはわかっているのだが、父親の真意はまったくわからなかった。
かくして、父親早稲田予備校の前期分の授業料を支払ってくれた。後期分に関しては、前期の成績を見てからということになった。その代わり、僕は仕送り無し、ほとんど無一文の状態で東京に向かった。頼りにしたのは、あの山元さんただひとりだった。
僕は必要最低限の荷物を数箱の段ボールに詰め、下宿先が決まったら国鉄の貨物で送るよう母に頼んだ。長淵剛の「とんぼ」のように薄っぺらのボストンバッグひとつで東へと向かった。
受験の時と同じ大垣発東京行きの夜行各駅停車で・・・。


(つづく)