少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1891 青春18切符W編3

あの追い出しコンパから約三週間。僕は再び東京に帰ってきた。早朝の東京駅。春、といっても風はまだ冷たい。夜が白むまで、僕は東京駅の構内のベンチで暖を取り、それから皇居まで歩き、北の丸公園の芝生で、思わず寝ころんだ。ボストンバッグを枕にして眩い春の日差しの中で、夜汽車で硬直した背中と腰を元の世界に戻すように、思いきり背伸びをした。
気が付くと、寝入っていたようだ。約束の正午、大手町から東西線で早稲田に向かい、大隈講堂の前に行くと、山元さんはすでに着いていた。
「おう、よう来たよう来た、ん、荷物それだけ?」
「はい、下宿が決まったら実家から送ってもらいます」
「おお、そうかそうか、ところで昼飯は食った? まだならちょっと食いにいこう」と山元さんはW大のすぐ脇にある「稲穂」というラーメン屋で350円のタンメンを2つ注文した。
「ここのタンメンは名物で学生に人気があるんだよ、ウン」と山元さんは言って、タンメン2つとビール2本を注文した。
「まずは乾杯。朋有り、遠方より来たる。亦た、楽しからずや・・・んん、いいなあ、さあ、痛飲痛飲・・・」
山元さんは、2つのコップに、なみなみとビールを注ぐと、またガハハと豪快に笑い、一気に飲み干した。
「カー・・・これだよ、これ、んんんうんまい・・・。さささ、飲もう飲もう、痛飲痛飲」
僕はこの世で一番、ビールを美味しく飲む人と出会ったのかも知れない。
「はいよ、どっから来たの? 学部どこ?」と稲穂のオヤジが、野菜てんこ盛りのタンメンを運びながら、僕にそう言った。
「来年、入る予定です」と僕が答えると、オヤジは「そうか、じゃ、頑張りな」とそう言った。そして山本さんと僕は、汗をかきながら、タンメンと格闘した。当たり前だが、塩の味がした。


「じゃあ、そろそろ下宿でも探しに行くとするか」
タンメンを食べ終えると、山元さんはそう言って立ち上がったが、僕は山元さんがすでにいくつかの下宿先を見つけていてくれているもんだとばかり思っていた。電話で仕送りが無いことと高田馬場にある予備校に通うことなど、いく
つかの決定事項はすでに電話で報告してあり、山元さんは「わかった」「大丈夫」「心配いらない」「安心していい」「任せなさい」を彼は繰り返したので、僕はてっきり当てがあるものだとばかり思っていたのだ。
急に心細さが込み上げてきた。大船に乗ったつもりが、実はエンジンに不具合がある小型の漁船、それも難破しかけている上に酔っ払いの船長・・・。山元さんは善人には違いないが、東中野の行きずりの泥酔サラリーマンの一件にしろ、南米の放浪にしろ、どことなく「テキトー」に生きている部分がある。僕とのこの出会いもまさに「テキトー」の一環だし、僕のこの一年の浪人人生を左右する下宿もその「テキトー」の一部に加えられてしまうのだろうか。

(つづく)