少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1860 浄土からの声が聞こえる36

「戦慄」が駆け抜けた。
佳子の全身を「戦慄」が駆け抜けた。


これが、この世の中で、一番愛し、何事にも代えがたい母・美和子の姿なのか? 佳子が一夜も忘れることなく、何度も何度も被災地に足を運び、探し続け、そしてようやく、見つけ出した母・美和子の姿なのだろうか・・・。


「うそ・・・でしょ・・・」
佳子の口から出た言葉・・・。
母の名前ではなく「うそ、でしょ・・・」
その言葉を、佳子は「うそ」であって欲しいと願った。


まだ自由が効く、片方の手足を、パイプベッドの隅に、浴衣のヒモでくくりつけられていた。
震災前まで、黒髪だった美和子の髪はずべて白髪になり、しかも、まだらに抜け落ちている。
痩せ細った、色ぐろの、生きものは、「老婆」というよりは「獣」に近かった。
しかし、その「眼光」はやたらと鋭く、医師や看護婦を含め7〜8人が部屋に居るにもかかわらず、まばたきのひとつもしないで、ただただじっと佳子に集中されていた。


そして老婆が振り絞るような声でこう言った。
「佳子か・・・佳子だな・・・やっと見つけたぞ・・・佳子・・・・」
その声は、もはや、母の声ではなかった。
確かに美和子は海の女。気性は優しくはなかった。
佳子に対しても、厳しく、しつけててきた。
しかし、佳子は優しい時の母の声も知っている。
だが、今、佳子の目の前にいる老婆の発した声は、母の声ではない。
まるで男の・・・しかも、地獄の底から発せられたような、佳子がかつて体験したことのない、おぞましいばかりの声、というよりは、叫びに近い。


佳子の足はすくみ、「おとうちゃん・・・」と、言葉にならぬ声で、拓馬の腕にしがみついた。

(つづく)