少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1942 橋下徹の正論19

それではここで、安藤総理大臣編集長による、正しい報道の見本をお見せしたいと思う。時事通信毎日新聞の記事を引用し、私見を交えながら、公平な新聞の在り方をご紹介したいと思う。ぜひ、読んでください「安藤総理新聞」です。


ーーーー以下2013/05/25付け「安藤総理新聞」転載ーーーーー


<元従軍慰安婦日本維新の会橋下徹共同代表(大阪市長)と面会中止 「直接対話なくして解決なし 面会ドタキャンの真相とは・・・」

安藤総理新聞 5月25日(土)8時31分配信


 元従軍慰安婦で韓国から来日中の金福童(キム・ボットン)さん(87)と吉元玉(キル・ウォノク)さん(84)は24日、同日午前に予定されていた日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長との面談を中止することを、支援団体を通じて伝えた。2人は慰安婦を巡る橋下氏の発言に対し「発言を撤回するつもりがないのなら会う意味がない」との意向を示しているという。
 2人は従軍慰安婦問題の解決に向け来日した、先月30日、橋下氏に面談を要求し、橋下氏はこれに快諾した。ところが、今月13日、橋下氏が慰安婦制度について「当時は必要だった」などと発言したと報道され、事態は一転した。
 しかし、そうなった背景には、マスコミによる報道が関与している可能性が高い。正確には橋本徹氏は「当時は必要だった」とは発言してはおらず「当時は軍が必要だと判断した」「しかし、だからといって、そのようなことは絶対にあってはならないこと」と橋下氏は「歴史的事実」と「従軍慰安婦制度を完全否定する私見」を完全に分けて、誰もがわかるように繰り返し何度も説明努力をした。
 つまり、今回の面会ドタキャン騒動は、橋下発言の「真意」とマスコミの一連の「報道」の大きなズレによって生じた「意図的な誤解報道」が見え隠れする。それが、元従軍慰安婦に「間違った」かたちで伝わった可能性が大きいとされている。
 各マスコミによる報道は、日本語を扱う「言語」「報道」を生業とするプロとしての「報道機関」の根幹を問われる問題だが、これは単なる能力、理解力の問題の範囲ではなく、「意図的に湾曲した報道」と捉えられてしかるべき確信犯のレベルであろう。その内容については、安藤総理大臣の社会派エロブログ「少数派日記」に仔細に書かれているので、ここでは割愛させていただくが、今回のドタキャン問題には、人権団体と称する反人権派の思惑も大いに反映されている。



 面談中止について、支援団体「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」は同日午前、市役所で会見し、「橋下市長の仕組まれた謝罪パフォーマンス、シナリオに合わすことはできません。妄言を撤回し、公式謝罪しなければならないと考えます。政界から引退することを望みます」とする2人の声明を読み上げた。
 ここにまず、三つの大きな疑問が生ずる。
一つ目。どのような経緯から「謝罪パフォーマンスシナリオ」なる発想が出たのだろうか?
二つ目。「政界から引退することを望みます」とは、明らかなる内政干渉の域ではありませんか? しかも橋下発言の真意の直接確認の機会を自ら放棄した側から言うのは筋違いというものではありませんか?
三つ目。実名を掲げ、韓国からわざわざ事実を伝えに来た精神力頑強なお二方が、自らの言葉ではなく、どうして第三者機関である人権団体を通して声明を発表されたのか? 橋下氏と、当事者同士の話し合いの場は万端の用意が成されていたにもかかわらず・・・。この三点は摩訶不思議でなりません。


これに対し、橋下氏は24日夕、「非常に残念だ。僕の誤解を生んだ発言で傷ついたのなら、その点はおわび申し上げますと伝えたかった」と真摯な対応をしたが、発言の撤回は報道されている内容と明らかに違うため、これを否定した。


 撤回や謝罪を求めていた。支援団体の方清子(パン・チョンジャ)・共同代表によると、2人は「口先の謝罪を受けても意味があるのか。政治利用されるだけではないか」と話していたというが、それが「口先」だけかどうか、話してもいないのに、何故わかるのだろうか? もしかして、その人物は霊能者かサイキッカーか?
 橋下氏は、「自分の発言に対して、間違いがあれば、いつでも撤回し、謝罪する」と公言している。もし橋下氏に「重大な誤り」があるというのなら、その部分を論理的に指摘し、全人類の眼前で「撤回」「謝罪」させればいいだけのこと。今回はその絶好のチャンスとも言えるのに、何故、自らドタキャンされたのか?
 安藤総理解説員は「それは人権屋側が繰り返す発言に矛盾があり、正論とディベートすれば、完膚無きまでに徹底論破され、完全に敗北するので、いわば敵前逃亡のような状態ではないか」と今回のドタキャン問題を、こう分析した。 



また、事実のみを伝えるのが使命である通信社の時事通信が、このドタキャン問題に関して、「面談で直接陳謝して国内外の批判を和らげたいとの橋下氏の思惑は外れた形で、苦しい立場が続く」と私見を配信したが、「苦しい立場」とは、話し合いをドタキャンした側と見るのが、一般的な常識といえなくないか。
何故ならば、例えば正否を公平な場で判断する司法裁判等においても、出廷を拒否するのは、決まって不利な立場にある側だからだ。もし、従軍慰安婦側に、橋下発言において、重大な事実誤認、あるいは名誉棄損の事実があるならば、堂々と、橋下氏本人と、マスコミ公開の場で全人類に向けて批判すればよい。絶好のチャンスではなかったのだろうか?



面談は同日午前11時に大阪市役所でセットされていたが、元慰安婦側は約3時間前の朝8時すぎに中止を市に伝えた。2人の元慰安婦は(人権団体による代理の)声明で「橋下市長が心から反省するならば、妄言を撤回し、公式謝罪しなければならない」と主張した、と時事通信は配信したが、せっかく会うチャンスが来たのだから、正々堂々と橋下氏に直接、自身の口から、それを伝えるべきではなかったのか?やっぱり、何か「裏」があると常識的に見るべきだろう。



一方、橋下氏は市役所で記者団に、元慰安婦に対する「日本の責任を受け止めないといけない」と元慰安婦側に対して擁護する姿勢であることを、再度、継続して貫いているが、どういうわけだか元慰安婦側、および人権団体側は、橋下氏を敵扱いしている。ど〜してか?
毎日新聞の報道によれば・・・(橋下氏は)賠償責任は日韓基本条約で解決済みとの認識を示し、具体的な対応を問われると「分からない。どこで折り合えるか、韓国と探っていかないといけない」と明言しなかった・・・とあるが、これは橋下氏が個人で対応する問題ではなく、日本政府が韓国政府と論議する問題であり、一新聞社が橋下氏個人の問題に持ち込むには無理がありすぎる。

 

時事通信は最後に、橋下氏に撤回の意思が見られないことから(人権屋が)「会う価値もない」と断じた。支援団体幹部も市役所で記者会見し、「橋下氏は面会を利用して名誉挽回を図ろうとしている。謝罪があっても本心ではないことは明らかだ」と言い捨てた、と配信したが、これも一方的で公平な報道ではない。
 今回の面談は双方が、直接、会って、話し合いをして、「誤解」があったのかどうかを検証する場だったはず。しかし、人権団体は、それを自ら拒否し、その理由が、自分たちの勝手な「推理」であり「妄想」の世界の判断である。
橋下と会談した感想として、、「橋下氏は面会を利用して名誉挽回を図ろうとしている。謝罪があっても本心ではないことは明らかだ」と言い捨てた、のなら、まだしも理解の範疇だが、これは「寝言」「戯言」の範疇として取るに足らない幼稚すぎる言い分である。このことに言及しない日本のマスコミの幼稚さと愚にも驚くべきで、一通信社が(これによって)橋下氏が窮地に追い込まれた・・・云々という私見報道はあってはならないし、韓国メディアがするならともかく、日本のメディアとしては信じがたい愚行である。
 


橋下氏は同日夕、退庁時に記者団の取材に応じ、「残念だ。僕と会いたくないなら、先方の気持ちが全てだ」と語った。さらに、面談が実現していれば、「誤解を生んだ発言で傷つかれたならおわびする。慰安婦問題は日韓関係がうまくいかない要因であり、僕らの世代で解決したい」と伝える考えだったと説明した。これは橋下氏が発言に自信を持つ証拠であり、その根拠は、発言が正論であることを意味している。

しかし、元慰安婦側による発言撤回要求については「撤回はない」と明確に拒否。(この時事通信による「しかし」という接続詞が、そもそも国語力の無さ。意図的なマスコミの思想操作であることに、お気づき願いたい。橋下発言の文脈からして、この場合の接続詞は「しかし」ではなく「そのため」が正解。時事通信が「しかし」と書く根底には橋下発言は「間違い」という独自の私見があるからです。橋下発言を「悪」に仕立てなければ、自らの「歪曲報道」を立証することになるので、そらもう必死なのはわかるけどね・・・)。


また、時事通信は「(慰安婦制度が必要だったとする)主語をきちんと(報道が)伝えていれば(元慰安婦は)傷つかなかった」と開き直った・・・と表現したが、どういうことか? ここは普通に「主張した」でいいだろう。
「開き直った」・・・逃れられぬと覚悟して、ふてぶてしい態度になる(広辞苑)。通信社としての債務の領域を越えている。せめて「開き直った態度のようにも見えた」と書きなさい。書いた記者の主観を入れるな!


いずれにせよ、ドタキャンはドタキャンした側になにか正当とは思えない思惑があるはず。見えない不当な真実をあばくのが、真のマスコミのあるべき姿。日本はスポンサーありきのの商業マスコミであることを、お忘れないように。


ーーーーー以上「安藤総理新聞」でしたーーーーー


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