少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1961 松ちゃんが死んじゃった

なんとなくだが、そんな予感がしていた・・・。
ここ一年、いや、二年くらいかな・・・。松ちゃんと連絡がとれていない。携帯は繋がらない。忘れたころに向こうから「社長〜なにやってんの? 今から近く通るんだけどお茶しよ〜よ」と突然かかってくる。


ある時は、首から3つくらい、携帯をぶら下げていた。彼くらい表現のしようのない人物も珍しい。誰からも好かれないが、誰からも嫌われない、愛すべきキャラクター。なんとも言えない不思議な人物だった。
たぶん、安藤総理はかなり親しい間柄だったけど、その安藤総理をもってしても松ちゃんの実態はつかめなかった。


松ちゃんの仕事は古物商。安藤総理とは骨董屋時代からの付き合い。「さいけでりっく」という屋号。車をペンキでサイケカラーにしたり、オブジェをつくったり、芸術家としての一面も持つ。安藤総理が下北沢で「レトロコレクション」、代々木上原で「掘り出し倉庫ビリケン」をやっていたころには、ほぼ毎日、荷物を持って訪れた。世田谷ボロ市も、一緒に出店した。
総理より一歳年上。極左主義の論客なので、総理と議論が始まると明け方になる。


ふと、松ちゃんのことが過ぎり、昔の仲間の「アイちゃん」に電話した。
「え〜社長、知らなかったの? 松ちゃんは死んじゃったよ。去年の3月だったかなあ〜」
一昨年の12月。ストーブで低温やけどした松ちゃんは翌日、病院へ行ったが、すでに壊死していて切断。しばらくはバイトを使って、古物の仕事を続けていたけど、連絡が途絶え、バイトの子が見に行った時は、上野のアパートで死後一週間が経過していたそうだ。だから享年は53歳か・・・。独身だから、葬式もなかったらしい。


何年か前「社長〜助けて〜」と連絡がきた。血糖値600で倒れ、緊急入院。東京医療センターにかつぎこまれ、見舞いに通った。重度の糖尿病。
その後、「もう目がかすんで見えないよ」といいつつ軽トラを運転して解体物件を巡ってのお宝さがし。バブルの時は上野を中心に4軒も居酒屋やパブを経営したり、海の家でぼろ儲けしたり、ギャンブル的商才に長けていた。
身なりは汚く、女気はなし。キャデラックやらサンダーバードやら、動くのかどうかわからないアメ車を複数所有し、総理の知る限りでは、上野、足立区椿、飯能、日高に4つのヤサ兼倉庫を持つ。「犬にエサやんなくちゃいけねえんだよ」と必ずどこかのヤサに帰って行ったけど、それがどこだか不明。


蔵前工業の出身、暴走族上がりとは本人から聞いた。「これ、オレの姉ちゃん」と松ちゃんより恰幅のいい実姉を、いつか明治公園のフリマで紹介されたことがある。
松ちゃんと親しい「アイちゃん」も「オカちゃん」も、松ちゃんの死後や家族のことは知らないというので、もう手掛かりはないだろう。
安藤総理の人生のなかでも、楽しい時期を共にした仲なので、寂しいというか残念。「少数派日記」の読者の中で、松ちゃんを知る人は、おそらく五十嵐隊長くらいかな。線香あげたくても、どこにいるのかわからねえ。53歳の孤独死とは、都会の死角。どうして、あの時みたいに総理に電話くれなかったのかな。よくモノを無くすから携帯を失くして、番号わからなくなったのかも知れないけど、オイラの家も知っていたろうに。


松浦正行 享年53歳 古物商 さいけでりっく主宰 なんだか、まだ信じられねえよ。


いつだったかな、土浦よりもっと先の、骨董市場に行ったとき、松ちゃんと呑んで、松ちゃんがこの唄、うたって100点たたきだして、店から焼酎一本もらったよね。
長渕剛「しょっぱい三日月の夜」


明日は06/06 東京まりか会・・・まさかまさかの4回目の、軍人病院でのまりか会。
なんだか、複雑な夜です・・・。