少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2199 顔の無いこどもたち

もう確信しました、絶対に、来ていますね、あの日の子供たち。間違いありません。


数日前のこと、現在、東北被災地に建築応援で滞在している親方・トヨジから、深夜に届いた一枚の「橋」の写真。


「健ちゃん」と呼ばれる4年生か5年生の男の子が泣いています。
「ごめんなさい」「ごめんなさい」と言いながら、お母さんを探しています。上着のダウンジャケットは流されてしまいました。白の半そでシャツに黒の長ズボン。裸足です。黄色の野球帽。苗字には「宮」という文字が見えます。
健ちゃんは、お母さんにねだって買ってもらった、お気に入りのダウンを流されたことに、謝っているみたいです。
健ちゃんが歩いているガードレールの下は川か田んぼのようです。茶色い濁流が流れ、白いしぶきが上がっています。
もう、健ちゃんも、お母さんもこの世にはいません。


その夜も、次の夜もその次の夜も、深夜2時47分きっかりに目が覚めました。時刻の意味はわかりません。健ちゃんの亡くなった時刻かも知れません。3夜目は、やたら目が覚め、まったく眠れず、また、この病院に来て、はじめて極度の空腹に襲われました。買い置きのカロリーメイト2箱をむさぼり喰いました。やたら、頭が冴え、ある企画をしていたのですが、アイデアが天から降りてきた感じで、2時間くらい無我夢中でメモを取りました。手がまったく止まらないといった感じです。
気が付くと、時刻は5時少し前。さすがに「寝ないと」と思い、横になりましたが、起きていた2時間の体感時間は10〜20分くらいの感覚でした。


午前6時の起床時刻には、まったく起きれず、その日は、午前中、3本の点滴があるのですが、普段なら、点滴しながら、読書と執筆にあてるのですが、その日は、身体が完全に鉛状態で、寝返りすら打てない状態でした。
深夜2時間、起きていたとはいえ、これほどまでのダメージは、かつて経験したことが、ありません。
その夜も、次の夜も、深夜2時47分に「おさそい」が来たのですが、目を開けることなく眠りました。


ところが、本日午前、点滴中にすごいことが起こりました。
突然の倦怠感。いつものように点滴を受け、サンデーモーニングを見ながら、執筆&読書の離れ業をやっていたのですが、もう座すこともできず、ベッドに横たわると完全なる「金縛り状態」になりました。


私自身の体感では、点滴と酸素を繋がれた状態のままベットから、半分ずり落ちた感じで、早く看護婦さんに気付いてもらい、ベッドに引き上げてもらわなくては・・・という、実にリアルな感覚でした。
それから、すぐに、こんどは、たくさんの子供たちが来て、私を連れて行きました。小学校の校庭です。


私はまだ、点滴と酸素を繋いだ状態で、そのチューブが身体を引っ張り、私の手を引く子供たちと「綱引き」状態です。
子供たちは、40〜50人くらいいたと思います。それぞれが4〜5人くらいのグループになって、手を繋ぎ合い、校庭を走り回っていました。楽しそうです。カラフルな服を着ていますが、半ズボンにスカート、まるで春か、夏のようです。


そして、私もベッドを離れ、その輪の中に加わりました。よく見ると、みんな笑っています。しかし、誰ひとりとして顔がありません。口はありますが、鼻も眼も眉毛もありません。男女の区別はつきます。でも、みんな楽しそうです。声は聞こえません。


やがて、昼食が運ばれてきました。看護婦さんが言いました。
「この時間に安藤さんが、横になってる姿、はじめて見ました・・・」
遠くの方で、そんな声が聞こえました。
起き上がることが、やっとでした。
ここでの食事は、一日に1800キロカロリーですから、空腹を感じたことは「健ちゃん」の時がはじめてでした。しかし、本日は、昼食だけではぜんぜん足りず、食後に、売店に行き、おにぎり、サンドイッチ、カロリーメート、大福、チーズを買い、バカ喰いしました。子供たちが、やたら腹を減らしているようです。どなたかお供えしてあげてください。


夜、テレビ番組で、避難誘導の誤判断が原因で40数名の児童が被災死した大川小学校の映像が映し出されました。私が、午前中に見た校庭です。間違いありません。今、耳鳴りが酷くなりました。
この原稿を書き始めた直後、正確には二行書いた時点で、突如、パソコンがブレイクダウンしました。こんなことも、はじめての経験です。
そして、数日間、不調だった、パソコンが、なんとなく元の状態に、自然復旧したような感じもします。まったく不思議で、何が何だかよくわかりません。


とにかく、自分以外の人間の重さを感じます。私が東北へ行けない理由は、私自身が一番よく知っています。とても身体が持たないからです。
「少数派日記」が強く訴える「東北復興」や「原発再稼働反対」は彼らの声です。耳を澄まし、目を見張り、まだまだこの世に存在する、亡き者たちの声を聞いてあげてください。彼らは涅槃で、魂の底から訴えています。進まぬ復興と不公平。「命を賭したメッセージが、これっぽっちも届いていない」と。