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少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2401 伊勢の赤福とサバンナのライオン2

「赤心慶福(せきしんけいふく)」・・・とは造語でしょうか?少なくとも広辞苑と、故事ことわざ辞典では確認できませんでした。
「赤心慶福」とは、赤福の社是で
「人を憎んだり、ねたんだりという悪い心を伊勢神宮内宮の神域を流れる五十鈴川の水に流すと、子供のような素直な心(赤心)になり、他人の幸福を自分のことのように喜んであげられる」−という意味だそうです。


ーーーー以下、前項の続き、ネット配信記事ーーーーーー



■“伊勢のドン”、益嗣氏の不満か原因か



一見、典保氏は赤福を立て直した功労者だが、益嗣氏らが不満を募らせていたようだ。
益嗣氏は株式会社の2代目社長として手腕を発揮。また、毎月趣向を変えて発売する「朔日(ついたち)餅」を発案するなど、地元では赤福を全国区に押し上げた名経営者とみられている。
また、伊勢神宮脇に観光商店街「おかげ横丁」を完成させ、国内有数の観光地として知らしめた。地元財界の有力者でもある。



そんな益嗣氏が“理想”としていたのは、株式会社化後の初代社長で祖母で、典保氏からみると曾祖母の故ます氏。品質重視の姿勢を貫き、現在の赤福の礎を築いた中興の祖とされる。
(安総注=おい、品質重視の姿勢を貫いた祖母を理想にした結果が、賞味期限切れの赤福の使い回し販売か?)


関係者によると「益嗣氏は近代化に走る典保氏に危機感を抱き、勝子氏を中心に、ます氏の時代のような『家業型』経営に戻ろうとしている」という。
(安総注=こら、外部を入れないから、食品偽造もうちうちで誤魔化してきたんと違うのかい?)


事実、ある地元市議は、「益嗣さんは普段から『赤福代々ののれんを守っていかねば』と口にしていた」と証言する。
(安総注=なるほど、そういうことか。確か、あの使い回しも、従業員による内部告発でしたな。家族だけでやってればバレなかった。一理ある)


益嗣氏は、赤福株の8割以上を保有する筆頭株主の不動産管理会社、浜田総業の社長を務め、影響力を確保していたという。
(安総注=な、なに、本業は土地転がし? だから、おかげ横丁・・・なるほどね。お買い上げ横丁かと思った。な〜んだ、赤福って副業なの? んじゃ赤福じゃなくてさ、黒字の副業で「黒副」でどうかしら)


19年に“志半ば”で経営の実権を手放しただけに、事業への意欲はいまだ衰えていないようだ。
(安総注=志半ば・・・ってあんた、信用をぶっ潰しておいてさ、何言ってんの・・・って感じ。しかも息子が継いだんだから、ええじゃないか)



その一つが「第2おかげ横丁構想」だ。
益嗣氏は常々、「はたごのような外観で、ビジネスホテル並みの低料金の宿泊街を建てる。そこでは夕飯を出さず、宿泊客がおかげ横丁などで食事するような流れを作りたい」と考えており、県や市、財界の間で水面下で調整されているという。
(安総注=さすが不動産屋、本領発揮。副業よりええじゃないか)



 ■勝子氏は“ワンポイントリリーフ”か
(安総注=ワンポイントリリーフってあんた、野球じゃあるまいし)



とはいえ、益嗣氏も勝子氏も70歳を超える高齢だ。
(安総注=失礼な!年齢は関係あるまい)
地元関係者からは、「近いうちに新社長が決まるのではないか」との声も聞かれる。
地元県議は「将来的には次男の吉司氏(おにぎりせんべいのマスヤ社長)に譲り受ける算段があるのかもしれない」とみる。
(安総注=なに、あの「おにぎりせんべい」の「おにぎりせんべい社」?も一族。恐るべし名家)


一方で、典保氏が復帰するとの見方もある。今回の人事で、新たに典保氏の妻の朋恵氏が取締役に名を連ねた。
「将来の『おかみ』を期待されているのかもしれない。今回は、従来路線を離れて突っ走ってきた典保氏にお灸をすえたのではないか」(財界関係者)との見方もある。
(安総注=「獅子は我が子を谷底へ落とし、這い上がって来た者だけを育てる・・・」ってか? そんな格言はよく使われますが、これだけ映像が地球規模で出回る中、我が子を谷底へ落とす獅子の映像は見たことがありません。存在するのでしょうか・・・ってか、本当に、ライオンはそんなムゴイことをするんでしょうか? 見た人いますか? ここで、今回のタイトルと繋がりました)

 
益嗣氏らは多くを語らないため、お家騒動は憶測が憶測を呼ぶ事態に発展している。
少なくとも、親子間のクーデターともいえる今回の泥沼人事で、赤福のイメージダウンは避けられない情勢だ。
(安総注=赤福はイメージダウンしても大丈夫。美味しいから売れますよ)



「赤心慶福(せきしんけいふく)」。
赤福の社是で、人を憎んだり、ねたんだりという悪い心を伊勢神宮内宮の神域を流れる五十鈴川の水に流すと、子供のような素直な心(赤心)になり、他人の幸福を自分のことのように喜んであげられる−という意味だ。果たして赤福は、赤心を取り戻すことはできるのか。(服部保之、絹田信幸、中村智隆)


ーーーー以上。最後はおもろくまとめたつもりかな。「?」だけどーーー