少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2430 from China18(日本人の宗教1)


FBつながり、シアトル在住のRieさんの投稿を引用します。
日本人の宗教観についての興味深い話です。


ーーーーーーー以下引用。( )内は、安藤総理解説ーーーーーー


Rie Solisramirez 2014年6月28日 9:43


こちらのリンクほぼ私が普段考えていた考察と一致しましたのでご紹介します。日本も元々多神教ではなく一神教ヘブライ語でヤ・ウマト(神の民) 大和です。


古代日本人はヤハウェを信じていた
神道多神教以前に、ヤハウェ信仰があった。

 
日本の伝統的宗教である「神道(しんとう)」では、神は「八百万(やおよろず)の神」と言われ、数多くの神々がいるとされています。
しかし、古代日本人は、本当に初めからそのような多神教の神々を拝んでいたのでしょうか。
最初に一神教があり後に多神教になった
以前、多くの人類学の本の説明では、宗教は次のように発展してきた、と説明されていました。
すなわち、はじめに石や樹木などに宿る精霊(しょうりょう)を拝する「精霊信仰」(アニミズム)などの原始的形態があり、そこから「多神教」に発展し、さらに進んで多くの神々の中から一つの神だけを拝するゾロアスター教などの「拝一神教(はいいつしんきょう)」が生まれ、さらにそれが高度化して、高度な倫理体系と整備された教理を持つユダヤ教キリスト教イスラム教などの「唯一神教」が生まれたのだ、と。


(安総注=高校の世界史で、そこまでは習いましたね。世界史の有田という教師は、京大出身の左巻きで、ゾロアスター=邪教ということで、ゾロアスター有田と、私は命名してあげました。
あと、石を拝むのは、空から落ちてきたコーラの瓶を拝むブッシュマンのニカウさんと同じ理屈ですよね。ここからも、神は空にいる、ということが、よくわかります)


しかし、二〇世紀の考古学の発達は、事実は全く逆であったことを明らかにしました。
(安総注=これは驚きですわ)


すなわち、宗教は決してこのような進化論的な形で発展してきたのではなく、はじめにあったのは、ただおひとりの神を信じる"一神教"でした。
そこから、堕落した形態として"多神教"が現われたのです。
たとえば、人類学上最も古い民族の一つとされるスメリヤ人は、その文化の終わり頃には五千の神々を持っていました。
(安総注=これはバシャールの世界ですね。昨年、麻梨花ちゃんが送ってくれた本のことです)


しかし、その文化の初期には、ただひとりの神「空の神」がいただけです。
(安総注=バシャールによれば、人類の起源は宇宙なので、理屈にかなっています)
この「空の神」は、聖書の教える「天の神」に通じるものでしょう。元来は同じ神に違いありません。
また、有名なエジプトの考古学者フリンダース・ペトリ卿は、エジプトの宗教ははじめは「一神教」だったと言っています。
オクスフォード大学のスティーブン・ラングドン博士は、バビロニアで碑文を発見し、その研究から、世界最古の宗教が何であったかについて、言及しています。
それによるとその碑文は、人類最初の宗教は唯一神の信仰であって、そこから急速に多神教偶像崇拝に傾いていったことを、示していたとのことです(ラングドン著『セム族の神話』)。
(安総注=ユーミンがバビロンの曲を唄うのも何かのメッセージかも知れませんね)  


W・シュミット、W・コッペルスなどの有力な学者たちも、豊富な資料に基づき、一神教こそはあらゆる原始的宗教の基本となるもので、これが後に堕落変形して、他の様々な宗教形態が生じた事実を、明らかにしました。
このように、宗教は精霊信仰→多神教→拝一神教唯一神教と進化発展してきたのではなく、
むしろ、唯一神教多神教無神論と堕落してきたのです。


考古学者たちは、一神教が堕落して
多神教になった事実を明らかにしている。
とすれば、日本神道で言われている「八百万の神」の多神教も、じつは初めからそのような多神教だったのではなく、もとは一神教であり、それが堕落してできた形ではないか、という推測が出てきます。


ーーーーーーーー以上ーーーーーーーー


特別、多くの国を経験したわけではありませんが、日本人が宗教に無関心な理由は、それだけ、のどかで平和が保たれているからだと、私は思います。
「困った時の神頼み」という言葉がぴったりで、困らなければ、ヒトは神に手を合わせません。これが現代のニッポン、チャチャチャ。


困窮を極めた国こそ神を祀り、平和国家はファッションとしての宗教をたしなんだり、弱みに付け込む宗教詐欺が横行して、宗教ビジネスが活性化する。
これが「宗教アレルギー」の病原だが、宗教の本質を知ろうとしない人間には、永遠に治らない病でもある。
困窮しても中国のように、政府から宗教の自由さえ剥奪される国もある。


宗教の選択が、地球上の人間、つまり人類の日常を左右していることは、最早、何人も否めない事実。この話、まだ続けましょう。


(つづく)