少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2487 1978年のクリスマス

1978年12月24日、私は初めてシカゴに来ました。19歳でした。
渡米前夜、初めての新宿ゴールデン街で、早稲田の合格電報で知り合った山本正則アニイに、とことん飲まされ、胃袋の中を洗浄するくらい吐いて、意識朦朧状態で乗り込んだ日本航空LA便。LAで一泊、今のようにスモッグでどんよりした水色ではなく、宇宙まで突き抜けるようなコバルトの蒼空。とても印象的でした。


そして、はじめてのアメリカ。この地で生きて行こう・・・と決意し、クリスマスの記念日に到着するよう、12月24日シカゴ着の便をチョイスしました。
私のイメージの中のクリスマス。それはNYのロックフェラーのツリーであり、銀座や六本木の浮かれたネオン街であり、街角のサンタや、ケーキ、シャンパン、誰かれなく、肩を組んでメリークリスマス・・・。わかりますか? そんなイメージでした。


ところが、やっとの思いでたどり着いた、シカゴのダウンタウンにある大学の寄宿舎。寄宿舎と言ってもビルなんですけど、ほとんど人がおらず、街は吹雪で、人っ子ひとり見かけません。本当にここがシカゴなのか?もしかして全く違う場所に来てしまったのか?腹は減るし、何とも言えない不安に襲われました。


英語はしゃべれません。やっと見つけた黒人のガードマンに紙切れを見せると、彼は私を部屋に案内してくれました。ただし、何を言っているのか全くわかりません。とりあえず、荷物を置き、建物の中を探ると二階に食堂らしきものはありますが、すでに無人でした。
まだ、状況がまったく理解できない状況です。大学の寮ですから、こういう場所で、学生たちがパーティーしているものだと、想像していたからです。


食糧を求めて、吹雪の中を歩きました。レストランはどこもクローズです。まったくもって???????でした。日本なら稼ぎ時で、どこもかしこも満員なのに。まるで、シカゴのど真ん中は廃墟のようでした。
凍死寸前で見つけたグローサリー。たぶん韓国人の経営者だったと思います。何か言われましたが、理解できません。
カップヌードルとポテチと酒を買おうとしました。ところが、酒はIDを提示しなければ、アメリカでは買えません。そのことを言われたと思うのですが、何を言われてるのか全くわからず、結局、酒は諦めました。


さて、カップヌードルを買ったまではよかったのですが、お湯がありません。シャワーのお湯をマックスにして、注いだのですが、あんなに空腹でも、不味すぎて泣きそうになりました。


アメリカではクリスマスイブは、みんな家庭で祝うため、レストランは閉店、学生は帰省。街に残るのはホームレスくらいだと、数日後に知りました。
私のアメリカ、シカゴ初日、初クリスマスイブは一袋のポテチと水道水だけでした。恐いものはありません!