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少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2508 あきらめない祈り

中国の広州市、私は今、悲痛と複雑な気持ちで、この記事を読んでいます。
御嶽山の噴火被害。
まずは記事をご覧ください。


ーーーーネット配信記事ーーーー
御嶽山1遺体発見 岐阜県側の山頂近く、灰の中
岐阜新聞Web 8月1日(土)10時13分配信

57人が死亡、6人が行方不明となった御嶽山(岐阜、長野県)の噴火で、岐阜県は31日、山頂近くの県境付近で1人の遺体を発見したと発表した。遺体は一ノ池で長野県に引き渡し、長野県警が麓の木曽署(長野県木曽町)まで搬送して身元確認する。約9カ月半ぶりに再開した29日の捜索以降、遺体発見は初めて。
 岐阜県によると、見つかったのは、一ノ池西側の県境付近の稜線(りょうせん)。大きな岩の陰にかがんだ状態で火山灰に埋まっていた。遺体は長袖シャツ、ズボン姿で、青っぽいリュックサックを背負っていた。岐阜県の隊員が金属探知機で稜線上を捜索中、リュックの一部が反応、周辺を掘り起こした。岩は人が隠れることのできる大きさで、噴石などから隠れようとしたとみられる。発見現場となった稜線は昨年の捜索でも目視で確認していたが、金属探知機を使った捜索は初めてだった。
 31日は午前4時40分ごろから火山性地震が発生したため、岐阜県の捜索隊は午前11時半ごろ捜索を開始。同日朝に入山した山岳警備隊の集中運用班や別の捜索隊も昼すぎに合流した。発見した捜索隊は午後2時に捜索を終了し、同6時前に下山した。8月1日は早朝から捜索隊と山岳警備隊の計26人が捜索する予定。
岐阜新聞社

ーーーーー以上ーーーーー

行方不明者6人の中に、実は、あんまき高校時代の同級生の息子さん19歳がいます。同級生は秀才派グループなので、落ちこぼれ軍団の安藤総理とは放課後につるむことはありませんでしたが、気の合う方で、卒業後も、年賀状は欠かさずに寄越してくれました。
新婚時代から家族がひとり増え、ふたり増え・・・と三人目の子が家族写真年賀で送られてきたときには、「家族がネズミ算式に増えていくな〜」と返信したことも、私の記憶にあります。
その中の幼かったひとりの男の子が19歳になった亮太くんでした。(報道ですでに実名が繰り返されているので、あえて実名で書かせていただきます)


昨年の事故の被害者の家族であることは、事故から数日後に知りました。気をつけてテレビをみると確かに、彼が報道陣に追われているシーンが繰り返されていました。すぐに電話をかけれる状態ではなく、仲間を通じて、状況を知りました。
今年の6月28日にあんまき高校の同窓会を、私が幹事長で主催しました。5月初旬に全員に案内状を郵送しましたが、彼だけには送れませんでした。とにかく電話で話をして、承諾を得てからにしよう。しかし、電話は、双方が何度か掛け合うも、タイミングが合わずすれ違いの連続でした。こういうことは滅多にないのですが、連絡をとらなければいけない・・・という義務感と、どのように接したらいいのか・・・という不安が、私の潜在意識で交錯し、縁を意図的に遠ざけたのかも知れません。あるいは、できれば身近な悲しみに触れたくない・・・という、私自身の防衛本能だったのかも知れません。
開催日の二週間ほど前、ようやく連絡がとれました。何をどうやって切り出したらいいのか、そしてどう言ったのか、今ではまったく覚えていません。しかし、数秒後には、学生時代と同じ口調で語るに至りました。
この欄では書ききれません。彼や、ご家族の悲痛は当然として、亮太くんを登山に誘い、自身が救出された、亮太くんの叔父、つまり彼の弟さんのサバイバルギルティ(生存罪悪)の話を聞かされ、涙が止まりませんでした。
そんな中、同窓会の話も切り出しました。「出欠は○○ボン(仇名)にまかせるよ。気が向いたら来てくれよ。俺が主催者だから・・・」そう言って電話を切り、案内状に手紙を添えました。


6月28日、彼は来てくれました。50名弱の出席者でしたが、彼の息子が事故に巻き込またことを知らなかった級友もわずかでしたがいたみたいです。宴の最後に、彼を中央に呼び、短い時間でしたが、同窓生の輪の中で、涙を流しながら、状況と心境を語ってくれました。
3日後、彼と市内のコメダ珈琲で会い、3時間ほど、ゆっくりと語らいました。
その時の話を少し書きます。


彼は定年まであと5年ある会社を、この3月に早期退社しました。会社は引き留めてくれたそうですが、亮太くんの捜索にすべてを捧げたい気持ちと、これ以上、会社に迷惑をかけたくないという正義感からです。
遺族会から「会に入りませんか?」という丁寧なお誘いが複数回あったそうですが「とても、そんな気持ちになれない。うちの子は、まだ死んだと決まったわけじゃないんだから」
彼の言うことは、第三者的に見ても当然だと思うし、遺族会の方々も、もう少し、配慮があってしかるべきだと、私は思いました。
「もちろん、遺族会の方々も悪気があってのことではないし、彼らと対立するつもりもない。むしろ捜索とかの情報も共有したいから、うまく付き合っていきたいという気持ちもある・・・」とした上で、「鎮魂祭へのお誘いが来たんだけど・・・やっぱり、そういうことは・・・」彼は言葉を詰まらせた。
彼の痛い気持ちを共有してあげたいのだが、しょせんは他人の自分には限界がある。喫茶店で号泣はできないし、大人の男二人が涙をたらし鼻水をすすりながら、喉の渇きを潤すためのアイスコーヒーをおかわりする異様な光景だったに違いありません。


彼は言う「もしかしたら、風圧で有り得ない方向に飛ばされて、記憶を失いながら、森の中を彷徨っているのかも知れない。親の儚い願望かも知れないけど、俺や女房が、生存の望みを捨てて、遺族会に入るとかしたら、それは、亮太に対して、あまりにも・・・」。言葉は再び途切れた。
「実は、俺もそのことを言いにきた」私が切り出した。
地球上では、あらゆる奇跡、科学や人智では、到底計り知れない有り得ない事実が現実として確認されている。そこには人間の祈りが間違いなく存在する。同窓会でも、私と彼は旧友に訴えた。
「あきらめない。決してあきらめないでください。ここにいるみんなだけでも祈りつづけてください」と。


コメダで彼は私に言った。
「本当に、本当に、毎日が辛い。地獄だよ。親として、してあげられることが何もない」
「・・・うん」
「とにかく早く、見つけ出してあげたい・・・。最初は、生存を願っていたけど、今はもう、それだけだよ。早く連れて、家に、女房の元に連れて帰してやりたい・・・」
「・・・うん。だけどさ、お前があきらめたらさ・・・」
「わかるよ、よくわかる。安藤が言いたいこと、よくわかるよ」
「なにも出来ることがなくて、本当にごめん」
「亮太を連れて帰りたい気持ち・・・それは、御嶽で発見される・・・ということ。でも、発見と同時に、それは死を意味すること・・・。どちらも受け入れたくない・・・それが、正直な気持ちかも知れない・・・」


沈黙と会話を繰り返し、僕らは別れた。ちょうど一か月前の7月1日のことだ。
私は3杯目のアイスコーヒーをやめて甘いジュースにした。口がからからで、無性に甘いものが欲しくなった。脳味噌をフル回転させ、言葉を選んだからだと思う。


亮太くんの登山用のスティクが発見された、とネットニュースが報じた。
私にはわからない。この状況が、どの方向に向かっているのか。
すべて、彼と、彼の家族と、亮太くんにとって最良の方向へ向かうように、私は真剣に神に祈る。