少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2886 体罰肯定論に反論1

9/15-17

FBにて当方の体罰肯定論に対し、読者のT氏からの投稿と回答。

投稿内容。

「演劇でもスポーツでもチームとして何かを極めようとした場合、温度差を埋めるために罵声も鉄拳もあるだろう。土下座させられたとかナンセンス、意志がないならすべきではない。腹を召すのとおなじこと。後から腹を切れと言われたので切りました、というのかね」

 

T氏「チームとしてそれでまとまるなら楽なんですけどね。意外とそーならないし、こーなるなーて
だいたい3・4・3でやる気ある、普通、ないてなりますからね。ほっといてもやるのは3割ですからねー。真ん中がやる気ない方に引っ張られるとこうなりますね。出来るだけミスが起こればまず自分の技術で反省するのが一番で人のせいにしようと思えばいくらでも出来ますからね」

安藤総理 「Tさん、だからこそ、団体競技や 団体演芸に強弱、優劣の差が出るのでしょう。取り直し(撮り直し)のきく、映画やドラマと違いスポーツや舞台はそれがモロに出る」

T氏「そーなんですけど殴ってそれが解消された例なんて見たことがないですけどね。よっぽどの信頼がないと!鉄拳がとぶのが当たり前と思ってるのはおかしいってのが第一です」

安藤総理「まあ、今の時代ではムリでしょうね!スクール魚ズや、星野さんの時代でしょうね」

T氏「まあそれが間違ってたまでは言わないですが科学的根拠とかが出てきて正しくなかった部分が証明されて崩れた部分はあるでしょうね。殴れば解決することを証明出来ない事が問題なだけで、たぶん殴った方がうまくいくデータがあれば納得されるから時代のせいてよりわ進化したともとれますね」

安藤総理「逆に殴られなくて解決したと言うデータもないですね。ウサギ飛び、水飲み禁止はフィジカルですからデータは取れるでしょうが、逆にメンタルはどのようにしてデータを取るのでしょうか?」

T氏「まず殴るって行為が法的な問題がある以上まず暴力行為は容認されないのが当たり前なんです。
ただ人間が猿なんだとしたら痛みでの恐怖を与えるなんかはいくつか心理学的なデータはでてますね。
殴ることが必要ってデータがない以上、法的に禁止されてることを殴られないから解決したてデータなんか必要はないと思いますけどね。実際安藤さんの言う通りでめっちゃ有能がトップに居て恐怖政治だろうがなんだろうがゴリ押した方が短期間で強いチーム作れる気がしますよ。ただそれを容認されるかどうかは全然別の話で暴力行為が当たり前て言ってる発言は違うかなと」

安藤総理「法律家ではないので法的なことはわかりません。一般的な暴力行為と指導の上での暴力行為は少し別物と考えています。一般的に殴った殴られたは被害者と加害者が存在して、かつ、被害者が法的に提訴して立件され、かつ裁判で有罪かどうか審議されるまでというならわかります。

ただし、私のいう鉄拳は加害者と被害者という相対関係は成立せず、双方がそれを合意の下で行うことを言います。
新しい例では日野さんとジャズ中学生の例。あれが違法であるなら、証拠ビデオもあるし、日野さんは逮捕でしょう。中学生もその親も、あのビンタの理由を理解し、納得しているので、日野さんを提訴していませんよね。指導の上での暴力が善か悪か? 利があるか無いか? は第三者が判断する問題ではなく、当事者同士が判断するものだと思います。

評論家の尾木直樹とか、そういうことの一面を見ただけで、そこに至る経緯を全く取材もせず、テキトーをかますエセ教育評論家。私は暴力を肯定しているのではなく、時と場合には効果的なケースもあると論じます。人間はすべて違う人格です。殴られたことにより、成長する人も大勢います。私もその中のひとりです。

拳の痛みを感じることで、人に優しくなれる人はたくさんいます。星野監督も最大限に優しい人なので、どんなに殴られても、選手はついて来たのです。それは複数の選手から直接聞いています。

私はTさんの言うこともわかりますよ。でも、現実的に、いろんな意味で、痛みを感じながら、人間は成長して、他人(ひと)に優しくなるのだと思います。いつも、コメントありがとうございます」

 

続く 第2ラウンドへ