少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

3262 星に帰る

2/25-18

FBFのみなさまおはようございます。
今朝は、窓の内側にいても肌寒さを感じていますが、外もきっと寒いのでしょうね。

昨日の続きですが、昼食前に看護婦さんの手により、一時的に、私の病室のドアが閉められました。異例のことです。
でも、私は、覗き窓から廊下を見ていました。

隣室のおじいさんが、葬儀社の職員の手により、ストレッチャーに乗せられ、白い布を頭から被せられて、静かに搬送用のエレベーターの向こう側に消えました。

私が全身麻酔でベットごと乗せられたエレベーターです。
一般のエレベーターは生者しか乗せませんが、搬送エレベーターは動けない生者と、動けない死者を搬送します。

「あなたの投稿は暗い。朝から人が死んだとか、読みたくない」
そんなお叱りを、二方の女性読者から受けました。

単なる「死」の写実ではなく「死の中にある生」を表現しているつもりですが、稚文故の誤解、ご容赦ください。

どう死するかは、どう生きたかの証。
事なかれに生きたのか? 他者にさんざん迷惑をかけながらも勇敢に挑戦し「前へ」進もうとしたのか?

そして、ひとつのエレベーター。
生者と死者が乗り合わせる狭い空間。火葬される前だから、死者に触れることのできる距離、限られた最期の時。

火葬された死者は何処へ行くのだろうか?
ロマンさんが「星に帰る」という。
天の川すら見たことない私は、数えるくらいしかない東京の星を見上げて、みんなが帰るには少なすぎると信じなかった。

ネットの宇宙写真の配信を見て、星の数を知る。
「星の数ほどある」という比喩を実感し、これだけあるなら、みんな余裕で帰れると納得し、高校の頃に読んだ三島由紀夫の「美しい星」が空想でなく実話なんだと思い知った。

では、その星がある宇宙って何処だ、と男子なら誰でもが一度は考える。それは学研の科学と学習の付録の地球儀を机に置いた日からだと思う。

宇宙の定義は、空気がなくなるところから先が宇宙という。うん、わかりやすい。ではどのあたりまで、空気があるのかな?

ちなみに今日のような低い雲。伸ばせば手が届きそうです。それでもオペラシティや都庁の上空にあるので300〜400mでしょうか。横にしてくれれば中学生に走らせれば60秒で到達です。

高度1万mのジャンボ旅客機はどうか?1万mなんてカッコつけた言い方を機長サンは言います。「なんかスゲ〜とこに、オレ、いるんだな、宇宙じゃね! 」なんて思ったこと、ありませんか?私はいつも「宇宙を飛行」してる気分で、自分が偉くなったと錯覚してしまうのですが、1万mってわずか10kmです。東京駅から浦安のネズミ〜ランドくらいですかね。

では宇宙は何処か?それはよく、ニュースでアポロやソユーズが帰還するときに「いよいよ大気圏に突入」です、なんてアナウンサーが絶叫するでしょ。その大気圏の内側が地球で、外側が宇宙という、今流行りの分煙目的のエアカーテンみたいなものなのです。ホッピーの外と中とは少し違います。

トム・ハンクスの「アポロ13号」観ましたか? アレ凄かったですね、私はスモール便をちびりそうになりました。

あそこまでの距離が、東京駅の赤煉瓦の一番高いところからおよそ100kmだそうです。ジャンボ旅客機の10倍先。一瞬ヒエ〜と思いますが、これも横にすると東京駅から湯河原あたり。日帰り温泉の距離である。新幹線なら崎陽軒のシュウマイ弁当をゆっくり食べる距離。小田急ロマンスカー乗り継ぎなら、それに大船軒のサンドイッチと車内販売のコーシーを追加すれば自然に着く距離なのですよ。

三途の河は日本人特有ですが、お花畑と暗いホースのようなトンネルは万国共通の宇宙(あの世)からの生還者の証言。永遠ではなく暫し(輪廻転生)の旅行を取りやめ(延期)された人々の共通な表現。映画「神様の贈り物」では、その逆バージョンで魂たちが、そのホースでお母さんのお腹の中へ自分の意思で入っていく。まるで、次はどのレストランでランチしようかな、みたいな感じで。

死者と生者の距離は今、明らかにガラス窓の向こう側とこちら側。そして死者が帰る星はさらに何億光年も先の世界。
肉体的には届かぬ距離でも、人間の肉体は宇宙と全く同じ構造です。つまり眉毛も足の指も、全て己という宇宙で繋がっている。眉毛には眉毛の、指には指の使命があるけど、元は同じ核から分裂した仲間。お前は眉毛だ、俺は指だと言ったところで原点はみな仲間。髪の毛が抜けたら、それは地球という食べ物を与えてくれる畑に肥料として無償で還元するボランティア精神でいいじゃないか。これすなわち宇宙の法則。

となれば、死者と生者は宇宙の法則で死後も繋がっているという方程式が成り立つわけです。ですから夢で会えたり守護してくれたり、空気を感じたりと、寂しい人や、頑張っている人を、死者は見守ってくれるのですね。

代々木のグリーンスポットでダニー石井さんのライブで、幸運にも偶然、生前の高田渡さんとお会いする機会に恵まれました。と言いましても、すでに泥酔されておりまして「俺にも一曲歌わせろよ」みたいな感じでね。

そんな高田渡さんの代表作「ブラザー軒」。仙台に実在するお店だそうです。

🎵 東一番丁、ブラザー軒 硝子簾がキラキラ波うち、
あたりいちめん氷を噛む音 死んだおやじが入って来る
死んだ妹をつれて 氷水喰べに、ぼくのわきへ

色あせたメリンスの着物 おできいっぱいつけた妹
ミルクセーキの音に、 びっくりしながら
細い脛だして 細い脛だして
椅子にずり上がる 椅子にずり上がる

外は濃藍色のたなばたの夜
肥ったおやじは 小さい妹をながめ、
満足気に氷を噛み、ひげを拭く

妹は匙(さじ)ですくう 白い氷のかけら
ぼくも噛む 白い氷のかけら

ふたりには声がない
ふたりにはぼくが見えない
おやじはひげを拭く
妹は氷をこぼす

簾はキラキラ、風鈴の音、 あたりいちめん氷を噛む音
死者ふたり、つれだって帰る、 ぼくの前を
小さい妹がさきに立ち、おやじはゆったりと

ふたりには声がない ふたりには声がない
ふたりにはぼくが見えない
ぼくが見えない

東一番丁、ブラザー軒 たなばたの夜
キラキラ波うつ
硝子簾の向うの闇に 🎵

菅原克己高田渡 ブラザー軒

本日もみなさまにとりま良き1日になりますように。
おやすみの方は、ごゆるりと身体を休めてください。
きょうも死ぬまで生きましょう!