少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

3347 心の居場所

5/8-18

FBFのみなさま、おはようございます。
よく眠れましたでしょうか?僕はダメでした。

午前4時から起きています。(故に、長文ですぞ)

心の居場所・・・
そんなことをテーマにしたドラマや流行歌、僕らの年代では中村雅俊さんの作品に多くあったように思います。
雅俊さんの歌はほとんど好きです。名曲がたくさんありますよね。マイナーですが「辛子色の季節」という曲がありますが、これは哀愁歌なので、若い時期には気取って唄ったもんですが、今唄うと、あまりにも年代的にリアルすぎて自分が恐ろしくなるので封印です。

吉田拓郎桑田佳祐小椋佳喜多条忠、そうそうたるアーティストらが作詞作曲ですから、そら名曲ばかりでしょう。有名な曲の一節です。

夢の坂道は 木の葉模様の石畳
まばゆく長い白い壁
足跡も影も残さないで
たどりつけない山の中へ
続いているものなのです

夢の夕陽は コバルト色の空と海
交わってただ遠い果て
輝いたという記憶だけで
ほんの小さな一番星に
追われて消えるものなのです

(小椋佳 作詞作曲 「俺たちの旅」より)

夢の坂道 たどりつけない山の中へ
ほんの小さな一番星に 追われて消えるもの・・・

期待よりやや大きな不安で鼓動が左胸を叩きます。
追われて消えるもの・・・
夢の坂道・・・

・どうしてこうも上手く行かないのだろうか?

心が嘆くと、その臓器が号泣するのかね?
いや、その臓器だけじゃないよ、お前の右耳の中に居るセミたちも大合唱だ。アタマ半分持っていかれてる。それでも寝れるかい?いや、無理だろう・・・の午前4時。雨のTokyo City 夢を落とし、夢を拾う街。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」
野村監督のこの言葉が好きです。本当にその通りだからです。
自分の人生、圧倒的に負けが多いので、野村監督の言葉を繰り返します。そして負けた原因を探します。見つかる場合もありますが、見つからない場合の方が圧倒的です。だからまた負け戦の繰り返しです。
それでも、生きていて、家族が居て、雨風凌げる家があるということは「不思議の勝ち」以外のナニモノでもありません。

ここ2年半、未勝利です。昨日も負けました。苦労を重ね取ってきた小さな契約。自分の手を離れたところでノッコンです。ノッコンとは、ラグビーで選手がボールを前に落とす反則のことです。ラグビーは人生の縮図だとよく言われますが、本当にその通りだと思います。ボールを前に運ぶ競技なのに、ボールを前に投げてはいけないという、究極の欲求不満のスポーツ。人生の縮図、日々の全生活がこの楕円のボールと連携しています。

例えば、好きな女子がいる。話したこともないのに、どうしても触れたい、手に入れたい。ダメなら死のう、遺書まで書いて、アタックする。横から「ちょっと待った〜」と慶応のタイガージャージが猛烈なタックルで一撃かまされる。あの人たちのタックルは本当にヤバい。そこまでやらなくても、と実際に思うけど、彼らの彼女(ボールのことだよ)に対する思いもまた激しい。紫紺のメイジとタイガーKOが、激しく彼女(くどいがボールだよ)を奪い合う。ところが、彼女のココロは秋の空、右に左に前後ろ、どちらに転ぶかわからない。女心の優柔不断。カネかカオかココロかアソコか?どこに靡くか永遠の謎。

ラグビー部ならわかると思う、特にFW、明治の土井さん、中村さん、西原さん、神鋼の影浦さん、苦労を重ねて、相手にスネ蹴られて、顔踏まれて獲ったボール。それが例え、明治→神鋼の日本代表、超エリートCTB・加藤尋久選手であったとしても、ノッコンされたら殺意を感じませんか?

野球の場合は、あの一球という、本当に一球で勝敗を決することがあります。団体競技にして、個人競技というのが、野球の特色で、要は投手対打者。例えば野球なら、大谷1人対、PL学園(もうないけど)でも楽勝だと断言しますが、ラグビーの場合、中村、土井、西原、影浦、加藤の5人対桐蔭学園がゲームをすれば前半でコールド負けでしょう。

ラグビーは前後半80分の勝負。楕円球の奪い合いは先に書いたオンナゴコロ。よくわかりません。小さな小さなミスの積み重ねが、要は敗戦に繋がるパターンがほとんどです。見る側はなんで、あんなミスするか?と憤るのですが、それはグランドの選手も同じ温度差でなければ強いチームにはなれません。ドンマイドンマイは所詮、弱小チームの仲良しこよしで終わりです。

いつものことですが抽象が長くなり申し訳ございません。
つまりスポーツの場合、野球にせよラグビーにせよノムさんの言う「不思議の負けなし」の原因が明白で、勝敗を分けるターニングポイントが必ずあります。チームの責任外の敗戦はミスジャッジと、イレギュラーバウンド、打球が審判に当たる等の不運くらいですかね。「運も実力のうち」という伝でいけば、これもやはりチームの責任でノムさんの理論は完全に成立です。

勝っても負けても給料が出る球団職員の道を選ぶか、一攫千金の華を目指して契約選手を目指すかは個人の自由。後者を選んだ安藤は、勝ち星がなければ、収入もなく、いずれは球団から自由契約選手、いわゆるクビの身。女房、幼子、ローンのためにトライアウトで他球団にチャレンジするか!それも実力ある松坂大輔なら、結果も残すし、球団に利益ももたらすプロ中のプロ。それができずに耳鳴りを嘆く愚は、やはりノムさんのいう「負けに・・・」という明らかなる己の実力不足と運を背負えぬ不徳の業。

「自分の力を全て出し切ればそれでいい」という北島先生の教えは、あくまでも明大在学中の4年間限定の猶予期間であり、社会人では許されない人生の勝負。

常に余力を残さない全力疾走に自信はあるけど、まだまだ徳の積み方が甘いのだろう。あるいはベクトルの方向性に決定的な誤異があるのだろうか?自分ではわからない領域。

再び、「夢の坂道」小椋佳
この坂は登り坂だろうか、下り坂だろうか?
自分の中には登りにしか見えない。ということはまだ脈はある。

「夢」を語ることに照れを感じていたから、酒を飲まなければ恥ずかしくて友にも語れなかった。夢ノートもたくさん書いたが、人には見せない、見られたくない。夢というよりは欲望の塊だ。レノンのようにはまるでいかない。

学生の時に星野さんから「夢」というサインをいただいた。それから少しずつ、「夢」を語ることを意識しました。「夢なきところに明日はない」「念ずれば花開く」「dreams come tore 」されど我が夢、未だ咲かずということで、得たものは酷い耳鳴り、と費やした歳月。

長渕アニキのMyselfという曲が沁みます。

やりたい事と やりたくねえ事とが
思いどうりにいかなくて
「夢は何ですか?」と聞かれる事が
この世で一番怖く思えた

昨日、霊波之光、宗教の女性が見舞いに来てくださった、雨の中。
彼女の夢と目標は「世界平和」だという。レノンの域だ。
「本当かよ?」と心の中で疑う自分は小さい。

自分の夢は、まだあの頃と同じ自分本位な物欲まみれ。
犬猫の殺傷や、北朝鮮拉致被害者奪回支援、国境なき医師団カンボジアの飢えた子供らへ、少ない収入から、それぞれこの病院での3食分程度だけど、毎月、偽善に等しい額の支援で己の罪を滅ぼしたつもりはない。
されど、世界平和は夢のまた夢のそのはるか先にも見えてこない。

そんな自己中こそが、「負け」の回答なのだろうか?

本日もついてる 感謝してます。