少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

5076 幸福度のバロメーター

3/23/19

『幸福度のバロメーター』

イチローのインタビューに、素直に「感銘」を受けた方には、それでいいのです。この先は読まないでください。私には苦悩の吐露としか感じませんでした。

「言われてみれば・・・」という類の話ですが、私はこのインタビューでとてつもない違和を感じていました。みなさんはどうでしたか?
記者の質問にも、イチローの文言にも「両親」という二文字がありませんでしたね。家族の登場は弓子夫人と一弓さんのみ。にわか野球記者も両親の存在について質疑しなかったという点は、それなりのレクチャーを受けていたという証拠でしょう。普通のメディアなら「ご両親について何かヒトコト?」とコメントを求めるところでしょうから。

記者のイロハとして、人物像を描く場合、家族、友人、近所と親しい人達にあたるのが原則ですが、この世界的大物プレーヤーに関して、両親と兄のコメントも情報も皆無に等しいでしょ。家族追っ駆け大好きなワイドショーもスポーツマスコミも家族には一切触れていません。

このケース、通常なら、ドームのどこかでイチローの現役最後を見届ける家族に密着するのがセオリーですが、それがない。な〜んでか?
まだチチローと弓子夫人の泥沼抗争が続いているんですね〜。まさか嫁と義父が別々の席で観戦というのは実に不自然でしょう。

大昔の週刊誌報道でしか知りません、義父と嫁の抗争。
八百屋でネギ一本買うにも弓子夫人に領収書を要求する義父、子を産まないことにも不満を漏らすなど、週刊誌ネタですが確執の深刻は事実で、愛知のイチロー御殿(実家)には、イチローすら寄り付かない。インタビューで、弓子夫人のおにぎり2800個、最大の功労者扱いは、弓子夫人への感謝というよりは、チチローへの復讐めいたメッセージだと、私は直感しました。

そこで、思うのが王さんです。
イチローと王さんを比較しても、まったく意味のないことなんですが、王さんが記録を出す度、あるいは表彰されるセレモニーの際には必ず年老いた王さんのお母さんが、当たり前のように、静かに寄り添っていました。

この差は、第三者の目にどう映るのでしょうか?

「幸福度のバロメーター」

イチローはインタビューで数多くのタイトルを手にした感想を聞かれ「ああ、こんなもんか・・・って感じです」と答えています。ではイチローが本当に手に入れたかったタイトルってなんだろうか、と思いました。僕のような現況の人間にはなんとなくわかるような気がします。

イチローが言う「ずっと、孤独との闘いだった」とは、彼の歪な白髪からその壮絶が読み取れます。ひとサジでもいい、イチローの強さが伊良部秀輝にあれば、イチローヤンキースの先輩は自死に至らなかった。

では、イチローも伊良部も何に対して「孤独」だったのか?

その回答が「幸福度」であるからして、それは個人の価値観故に千差万別。少なくとも、伊良部秀輝の場合は「家族に対する孤独」に耐えきれず、鴨居に縄をかけてしまった。

イチローが嫌いなわけではありません。しかし、コメントと言うよりはセリフのようなイチローの美しい言い回しには、深い苦悩を感じ、深く重い、王さんの実直な言葉には清々しい心地良さを、私は感じます。

ナースが桜が咲きはじめたと伝えにきたが、そんな実感はまだありません。

本日もついてる 感謝してます。

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