少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

5646 一杯のお粥と二本の水 その6

2/19/21

『一杯のお粥と二本の水』その6

あれからどれくらい落ちていたのだろう。
時間の感覚はない。
地下室に明かりは差し込まない。朝なのか夜なのか、微かな気圧とか鳥の声だけで判断する日常。空気が湿っている。雨のようだが確信はない。どうでもいい。もっと深く長く落ちていたい。

あれ、おばあちゃん?
迎えに来てくれたんだ・・・と、あとになって気づく。

「どうしたの? どうしてこんなところに居るの? おばあちゃん? おばあちゃんだよね」
老婆は濃い浅葱色の着物を着て立っていた。

京都から観光バスに乗り、立ち寄った賑やかな境内。浅草寺より広い。乗り合わせた見知らぬ乗客らとそぞろ歩く。砂利道、細い土ぼこり、行き交う人。そんな雑踏で、おばあちゃんを見つけた。
一瞬、夢かと思った。
僕はおばあちゃんの手を引いた。
「一緒に帰ろう」
今から思い返してみれば、おばあちゃんは何も言わなかった。
しかし手を繋ぐ感触は十分にあった。
おばあちゃんを見つけた。家族をびっくりさせてやろう。そんなことを考えながら、おばあちゃんの手を引いて、砂利を踏んだ。

ところで、ここはどこだろう。
ふと見上げると、奈良の大仏さまよりも巨大な鐘馗(しょうき)さまの像が見えた。あの皐月人形に出てくる鐘馗様だ。うわ〜でけえ。
おばあちゃんの顔を伺うと、無表情だった。

日本橋で生まれ、大震災で焼かれ、雑司ヶ谷の夫宅に身を寄せ。戦火でまた焼かれ拝島と上野原に疎開するも、80年以上を江戸に暮らす。
安城に来てからは痴呆が始まり、夕暮れになると決まって姉の手を引き「さあ、お家に帰りましょう」と言って我が家の玄関を出る。
おばあちゃんは決まって、夕陽に向かって歩く。僕はふたりの跡を静かにつける。町内の角を曲がるタイミングで姉が振り返り、僕を確認する。そのまま3人で町内をぐるりと周り、何事もなかったように、さっき出た玄関から上がり、おばあちゃんは何ごともなかったように、四畳半の畳の部屋に戻る。
そんな光景が一年か、二年続いた。

おばあちゃんの手はあの頃より、少しふくよかになっていた。手を引く重量感は感じられた。だから僕はまだ夢とはわからなかった。
必死でバスを探した。だいたいの場所は覚えていたけど、いつの間にか、バスの台数が増えて、どれだかわからなくなった。通り過ぎては引き戻しを、何度か繰り返して、ようやくそれらしきバスに辿り着き、おばあちゃんを引いて乗ったけど、知らない人だらけで、どうやら違うバスのようだ。

また降りて探したけど、もうかなりの時間が過ぎたような気がする。おばあちゃんに疲れた様子はない。言葉もない。えも知れぬ、不思議な空間だが、夢とも断定できない。おばあちゃんの手を握る感覚は確かにある。ぬくもりは?

どうだったのだろう、ぬくもりは、記憶にない。冷たくはなかった。
これが夢であることの、目覚めた時の仕打ちを恐れはじめていた。

やがて、浅葱色の着物は静かに静かに、ゆっくりと消えていった。

深かったのか?いや浅かったのだろうか?
小さな眠りから覚めた。
あたりは暗かった。
朝なのか、夜なのか、雨なのかわからない。

1号ちゃんが置いてくれたペットボトルの水を飲もうとして、キャップをしくじり、枕元に少しこぼした。

つづく

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