少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

285  日本3大安城七夕祭り

仙台、一宮そして安城が日本3大七夕祭りだそうだが、80歳の母親は絶対にあり得ない、という。確かにそもそも何を基準に3大なのか曖昧なので母親の言い分もわからないでもないが、地元の人もそう言っているし、中日新聞にもそううたわれている。3大と銘打つ基準は、観客動員数なのか、飾り付けの数や豪華さなのか、出店の数か、はたまた歴史か、もしくは自称か・・・、なんだかよくわからないが、僕はおそらく30年ぶり2度目の安城七夕祭りに出かけてみた。
七夕様はず〜っと7月7日だとばかり思っていたのに、安城では8月7日を中心に前後日合わせて3日間行われる。どうして8月にやるのか、子供心に違和感はあった。
七夕祭りに一番行きたかったのは、安城北中学時代だが、夏休みの真っ盛りでも運動部に所属する生徒に休日の2文字はない。連日、早朝5時から日暮れまで練習か試合の毎日である。七夕祭りなんて夢のまた夢。だけど、同級生で色気づいたヤツが好きな女子と七夕デートしたなんて話が、たとえそれが計画の段階だろうが、噂話の段階だろうが、希望の段階だろうが、そんな話が出たもんなら11クラスの学年中、衝撃が走る時代で、えらい騒ぎになったもんでした。
当時の安城北中の場合、5つの小学校から山猿が450匹ほど集まって一学年を形成していましたが、国鉄安城駅近辺で行われる七夕祭りに地理的に行けるのは中部小学校出身の猿のみ。この連中は比較的、町で生活をしていたので、七夕祭りに行っただの行かなかっただのと話題になりますが、僕の卒業した北部小とさらに田舎の志貴小、岡崎と国境にある東部小出身の山猿たちには国鉄安城駅は遥か遠くの異国の存在でした。
七夕祭りに一番行きたかった中学時代を過ぎると、もう興味はなくなり、20歳すぎに一度だけ、友人とふらり出かけた記憶があるようなないような、バスボンの松本ちえ子が来たから見に行ったような、行かなかったような、実はその程度の曖昧な思い出しかありませんでした。
安城に喫茶店を設立するため、時々ネットで安城の情報をチェックしているのですが「年々規模が縮小され、今年はかつてないくらい寂しい七夕祭りだ」という書き込みがあり、気の毒に思って、応援に行こうと思い立ったのです。
あの頃、僕らの住む町には無いような洋服やスニーカーや文房具や野球の道具、あるいは見たこともないような食品がズラリと並んでいたユニーダイエーや主婦の店は跡かたもなく消え、動物の死体が流れていたドブ川には蓋がされ、金海君の家が経営していた明治温泉も今はなく、大橋のシンちゃんが岡惚れした一級年下の中川J子ちゃんの実家の中川靴店もなく、街は全てが新しく冷たく寂しくなっていて、なんだかよその家に来たみたいな切なさと心細さと居心地の不安定さに泣きたくなりました。
バスを降りた僕は、七夕祭りの会場をひとりでぶらつくと、商品の並んでないテキヤのアンチャンが僕に声を掛ける。「お兄さん、美味しいよひとつ買ってってちょ」。何かと思えば、巻き寿司の販売だが、暑過ぎて陳列できないそうで、コンテナの蓋を開けてちらっと見せてくれた。何ともサエないテキヤである。
それでも思ったより飾り付けはあるようだが、人ゴミで歩けないという状況とはほど遠い。僕が中二の時、母方のおばあちゃんが病気で死んだ更生病院の跡地のイベント会場では不細工なオッサンバンドが演奏していたけど、クビからノ―キョ―のタオルぶら下げて、家の中でもそんな格好しねーだろと思うような、安城ファッションで自分たちだけ盛り上がっていたし・・・。
僕は200円で買ったかき氷をなめながら歩いた。テキヤで記念に招き猫の置物を1000円で買った。中国製だから原価も知っているけど、誰もお客さんが居ない。僕も骨董の露天に出店して泣きたくなるほど売れない経験もしている。わずか1000円でもそれが呼び水になる場合もある。助け合うのは、お互いさまだし、それに安城の七夕様で縁起もいい。この猫ちゃんがきっと幸運を招いてくれるだろう。
それから長野からきた農家の冷やしトマト1個100円をかじり、ノンアルコールビール1本140円を飲む。一色町から来た海老せんべい屋さんで一袋100円の壊れせんべいを6種類買う。こいつは収穫だった。さらに歩いて今度は宮崎から来た地鶏の炭火焼き小500円を買う。これは大好物で記者時代、宮崎キャンプの取材の夜はこいつが楽しみでたまらんかった。宮崎は延岡から来たおにいちゃんとしばし「口蹄疫」の問題をしゃべり、人間の無力さ無念さを再認識する。
帰宅のバスに向かう途中、核廃絶運動の主婦連の署名運動に出くわし署名。ライオンズクラブアイバンクと腎バンクのドナー登録活動を行っていたので、小銭を募金箱に入れ、両方に登録のサインをする。職業柄すでに全臓器のドナー登録カードには署名して携帯しているけど、どこで死ぬかわからないので愛知県で死ねば、名古屋の赤十字病院が僕の臓器を取りにきてくれるだろう。医学解剖用の献体も家族が了承すれば、登録するつもりでいる。
最後に七夕様への願い事。それはたったひとつ「世界平和」それに尽きる。