少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

323  善人商店

この店に来ると僕はひどく落ち込む。特にきょうはそうだ。
わずか8畳間くらいのスペースに雑然と置かれた果物、お菓子、カップ麺、ビール、コーラ、洗剤、脱脂綿、アイスクリーム。新しい店なのに雰囲気は昭和時代のなんでも屋さんだ。
痩身の日本人亭主とその逆の体型の中国人妻が経営する食品店。亭主は元語学教師、妻は元生徒。慣れ染めはそこまでしか知らない。
明日早朝、全日空便で広州から帰国する拾得さんと最後の晩餐をしようと、病院の別棟にある薬膳料理専門店「薬膳坊」に行った。人気レストランはごった返し、ロビーに順番を待つ人々が溢れ、僕らに渡された番号は「24番」一時間待ちだった。
所場を変えるにも、歩行範囲に晩餐にふさわしい店はない。「じゃあ、あの店に行ってビールでも飲んで時間を潰しましょうか」と僕らはぶらり、善人商店に足を向けた。
道を隔てて見ると善人夫妻は小さな折りたたみテーブルで食事中だった。僕らは遠慮して近くのインチキカフェに入った。夫婦のささやかな夕げを邪魔してなるものか。
僕は10元の珈琲を、拾得さんはもちろん青島大瓶を、なるべく時間をかけてゆるりと飲みほした。
僕らはなるべく時間をかけて15メートルの善人商店までの道を歩いた。
夫妻はまだ食事中だったが、奥さんが店外の我々の存在に気が付き「どうぞ、どうぞ」と中に招き入れてくれた。
テーブルの上には出前の中華料理が一品。おそらく店内で炊いたのだろう、どか盛りの白米を痩身の亭主が頬張っていた。おかずの量と白米のバランスが僕の学生時代と同じだ。
「あの、見かけによらず、すごい食べる方なんですね・・・」
「ああ、はい。痩せの大食いなんです」
そんな間抜けなセリフしか出てこなかった。
「どうぞどうぞお掛け下さい」と食事途中の奥さんが席を空ける。そんな席を「どうもどうも」と頂戴できるわけがない。
「いえ、拾得さんが、明日帰国するんで、ちょっと顔見せに来ただけですから・・・」
拾得さんはお土産に8元(100円)のひまわりの種を二袋購入した。
歓談の途中、亭主が僕に尋ねた。
「あの〜安藤さん。昨日のチキンラーメンのお味はいかがでしたか?」
ここ数年記憶にない斬新な質問に僕は狼狽した。
一袋4・5元(60円)のインスタントラーメンのお味はう〜んどうなんだろう。インスタントラーメンとカップ麺の類いは地球上で10指に入るだろうくらいの勢いで食いまくったけど「結局最後に辿り着くのはカップヌードルと日本製のチキンラーメンの2つですね」と僕は含蓄を披露した。「あと強いていえば、カップスターかな」と追加すると、亭主は「カップスターカップスター」とつつぶやきながら段ボールを千切りメモを取っていた。
半年ほど前のことだが、亭主が誇らしげに僕に言った。「うち秋田こまちはじめましたんで、よろしかったらどうぞ」
店の一番目立つ位置にど〜んと一袋の「秋田こまち5㎏」が王様のように頓挫していた。買うつもりもないので値段は知らない。
ところが、いつ何時、店に行っても王様は定位置に君臨したまま店を離れない。長期政権だ。これはさすがにヤバいだろう。気になりだすと止まらない。確か先月来たときもまだ君臨していたと思う。
しかし、ようやくその姿が確認されなくなり、僕は内心ほっとした。目出度く出兵されたのなら嬉しいが、まさか備蓄米よろしく夫婦の糧にされたのでは・・・という疑念も完全に消えたわけでもない。
「そんな心配するより自分の心配しなさい」とは母親によく言われたもんだ。否、正確には今も言われてるが・・・。
僕らは5分ほど立ち寄り、善人商店をあとにした。
この店に来ると僕はひどく落ち込む。特にきょうはそうだ。
腹黒い偽善者の自分を知っている。だから、ささやかな善き人に遭遇すると、その場から逃げ出したくなる。頭の中は損得ばかり。自分の利益最優先。小さな利益を小馬鹿にする。巨悪になれない小悪党。己に対する形容詞なら泉のように湧き出てくる。
悪人だらけの中に居ると同色化して、気づかない自分にふと気付く瞬間がある、それが善人商店だ。ささやかだが幸せ満載の食卓を見せられたあとで、僕らの前に並べられた大人気店の薬膳料理は、どのメニューもローソクを噛んでいるようだった。