334 9月は寂しさのかたまり
熱かった8月を抜け、9月には冷たい風が吹き、夏の終わりを告げる。あんなに鬱陶しかった夏なのに、この風が吹くと一夜にして泣きたいくらい寂しくなる。
仕事のシフトが変わる・・・たぶん。だから8年間、住み慣れた祈福新村を去る日が来る。33-35階建メゾネットマンションともおさらばだ。8部屋もある広すぎるマンションに一人暮らし。だから思い出はない。3つもあるシャワーもトイレも使ったのは一か所だけだ。あるのは寂しい夜の悲しい一人寝だ。
とにかく8年分の荷物を早急にまとめなければならない。といっても一人暮らしだ、たいした量じゃない。とりあえず運搬先も決まった。一時的だが友人の倉庫に預かってもらうことにした。次回からはホテル暮らしか、安アパートでも探すことになるだろう。
午後、病院を抜け出し徳永英明を聞きながら荷物をまとめる。徳永さんのバラードは悲しくて涙が出そうになる。
中国も日没が早くなった。先月来た時は夜10時近くまで階下のプールで子供たちの遊ぶ声が響いたというのに、今は33階までトンボの群れが遊びにくる。「おい、お前たちは長淵さんとこの幸せのトンボかい?」
陽が暮れるとめっきり寂しくなる。いかん、これ以上徳永さんを聴いたらホントに泣いてしまう。
僕は荷づくり作業を中断して部屋を出た。待てば無料の循環バスが来るのだが、たまたまタクシーが通りかかったのですぐに拾った。一刻でも早く行きたかったのだ、話相手のいる場所へ。
僕は明大の先輩の八高さんの店に行った。注文したのは先日と全く同じカツカレーとゼロコーラ2本。実は右手親指に力が入らず箸が持てない。八高さんとの会話ももっぱら尖閣諸島問題だ。中国人客から店のウエイトレスを通して「オーナーはどう思っているんだ、意見を聞かせてくれ」ということもあったそうだ。
この件に関して日本人と中国人が話あっても永遠の平行線だ、あまり意味がない。八高さんと日本を憂いながら衛星中継のニュースステーションを見ていた。阪神負けてドラゴンズマジック「1」ってか?「おいおい藤川球児、そこに投げたらアカンやろ。そんな球、いくら村田でも打つわな・・・どアホウ」。これでまた落合の高笑い・・・イヤだね。
いつもより粘ったけど中国時間でもう10時。また点滴地獄に戻らねばならん。「これから永い夜がはじまるんですよ」と暗に引きとめてくれるよう姑息な手段を講じたが、通じず、引き返す。
今夜は国慶節の前夜祭。夜の10時過ぎなのにバスステーションは人の海だ。香港やシンセンからも続々とバスが到着する。ちょっと向こうの広場には夜店の裸電球が煌々と光っている。昨年までは必ずひやかしにいったのだが、今夜はぜんぜん行く気がしない。
「眠れぬ夜を いくつも数えた ひとりきりの 寒い夜だった〜」不意に甲斐バンドの「安奈」を口ずさむとまた涙線がヤバくなった。
病院前でバスを降りると善人商店の灯りが見えた。中で誰かがビールを飲んでいた、誰だろう見覚えがある。先に向こうが気がついた「おおあんたは16階の38号室に入院しとる日本人やん」。彼は僕のパソコンの具合を見に来てくれた病院の通信技師だった。聞けば通信部の主任さん。「パソコン繋がらなくて申し訳ない。これは病院の問題ではなく外部的な問題だが、本日、新しい機械を入れて対応した・・・」というわけで、今パソコンは開通している。
聞けば元陸軍の通信部にいたそうだ。「ところで尖閣諸島問題どう思う?」。善人商店のご主人の通訳を介してストレートに飛んできた。
「これはお互いの立場が違うので是非は永久に平行線。ただ言えることは日本政府がアホであること。これは日本人として残念だが事実です」
「もし、今、中国と日本が戦争になったら、中国に居るあなたたちを私は守ります。なぜならあなたたちは私の友達だからです。でも、もし、あなたたちが戦闘服を着てやってきたら、私はあなたたちを殺さねばなりません。だから戦闘服は着ないでください」と彼・・・まあ、そんな当たり障りのない話でお茶を濁す。先ほど八高さんと話した内容はその場では話せんわな・・・やっぱり。
「われわれ民間人がもっと仲良くなって中日友好の懸け橋に云々・・」で言われましたけど元軍人さんが、また何を・・・。「またパソコンがトラブったら、すぐに俺の名を出してくれ、飛んで行くから・・・」いい人に違いはない。ここで3時間近く話し込む。
午前1時、帰院。「ごめんなさい」「メイヨ〜(いいのよ)」看護婦さんは怒らない。そしてまた点滴。
「安奈 寒くはないかい お前を包むコートは ないけど この手で
あたためてあげたい〜」
くそ、あかん、やっぱ泣けてくる、どうしたんだい、オレ?