594 再会上海7
店を「移転」したと聞いていた僕らは勝手に「新装開店」をイメージしていた。しかし、たどりついた「LR」というスナックはかなり年季の入った老練という感じだった。そして僕らを迎え入れたママさんと言う名のおばさんも、かなり老練の部類で、あの着メロ「雪の華」のイメージとは、かなりの距離感を僕もS店長も同時に感じていた。
2階に案内されると、かなりの昭和レトロ調の雰囲気で、僕は個人的に気に入った。5〜6人が座れるほどのボックス席がやはり5〜6個ほどコの字型に並べられ、その中央にカラオケを唄うスペースがある。
「また移動しても時間の無駄だし、とりあえずここで落ち着くか」と僕が言うとS店長が「安藤さんはこういう雰囲気お好きですか?」と気を使うので「苦しゅうないよ。元骨董屋だし」と答え、落ち着くことにした。
唄い放題、飲み放題、女不要、マイクとステージさえあれば・・・というリクエスト通り、閉店まで約3時間でひとり350元(約4500円)で手打ち。もともと女の子の質は期待していなかったので、カラオケ係としてつけてくれればそれでよかった。すると期待通りのど〜でもいいような女の子が2人来て、僕らの隣に座った。これで女の子を口説こうなどという下心も完璧に芽生えず、心おきなく唄に集中できるというもの。僕らはかけつけ3曲ということで乾杯も待てずに、僕とS店長の共通のレパートリー「平井堅」「徳永英明」「平井堅」を立て続けに3発披露した。
上海では珍しい歌バカ2人。まあそれなりの喝采に気分は高揚していたが、「雪の華」の彼女が、あのおばさんだったことが、イマイチ、歌心に点火せず、まあ世の中はこんなもんだろう、ここは武道館ではなく、例えて言うなら名古屋市中小企業センターの中ホールくらいか、少し油断して唄ってもいいな、程度の気分だった。
ところが、拍手をしながら「すごい、唄、お上手ですね」と僕の隣にちょこんと座った白いチャイナドレスの彼女がAYちゃん。なんだ、可愛いじゃないか、こんないい女もいたのか、と僕もS店長も同時にそう思った。
「さっきは電話してくれて、どうもありがと」
「なに、すると雪の華はキミの携帯だったの?」
「そうよ、一番好きな歌なの」
「ちょっと待ってね、今、頭の中を整理するからね」
「えっ、どうしたの?」
「あれ、キミがママ?」
「そうよ」
「じゃあさっきのおばさんは?」
「彼女は大ママ、つまりここの老板(経営者)。私は雇われママなの」
「あっそう・・・。じゃあ移転したってのはどういうこと?」
「ごめんなさいね、移転したのはお店じゃなくて、私だけなの」
「んんん・・・どういうことなの?」
「あのね、お店が潰れちゃったの・・・」
「・・・・・」(つづく)