少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

686 祭りと喧嘩4

どんな世界でも一番大人しいヤツがキレたらどうなるか、今こそ思い知らせてやろうじゃないか。
「おう、そこの、ちょっとこっち来んかい、ボケ」
伊達に深作欣二作品を観ているわけではない。久々にゴロ撒いたろうじゃんか。もうキレた。ガキもクソもねえ。
僕は外に出かけたリーダー格の親に声を掛けた、相手は30代前半か、このヤロー。ただならぬ殺気が店を包む、僕と30代前半の間に陽水が、さっと割って入った。「いつもはこんなお店じゃないんです。いつもは違うんです。きょうはお祭りなんです、特別なんです、お願いです、こらえてください」。僕より明らかに年上だろう陽水が、必死で目がマックス吊り上った僕をなだめる。
出口に差し掛かった30代前半は最も大人しい客の豹変に言葉を失いただ唖然と立ちつくすのみ。そしてガンを返す30代を、あわてて台湾ママが手を引いて外に連れ出す。店は一瞬シーンと静まりかえった。そして、徳永バージョンの「未来予想図Ⅱ」の二番がかかり始めた。ファミリーが出た後の店は異様に静かだ、こんなにBGMが大きな音だったのかと思えるほどよく聞こえる。僕はカウンターに転がったマイクを拾い、何事もなかったように二番を歌いはじめた。「きっとあなたとなら 心に描く 未来予想図は ほら 思った通りに叶えられてる ほら 思った通りに叶えられてるう〜 こら、経営者、ちょっとこっち来んかい」
僕はマイクで歌のエンディングのどさくさに経営者を呼びつけた。
「こら、お前がここの経営者か」
「はい、そうです」
「何じゃこの店は」
「何じゃとは?」
「ずっと大人しくしとったけどええ加減にせえよ。何で怒っとるのか分かっとるよなボケッ」
「あ、はい、分かっています」
「分かっとって野放しかい?」
「だから注意したじゃないですか」
「こら、注意しても相手が聞かんかったら注意したことにならんのじゃ、お前、経営者のクセにそんなことも分からんのか。客はあいつらだけじゃないんぞよ。こっちもな、相手がガキ連れてたから遠慮してたけど、ええ加減にせい。なんじゃい、最後まであの態度は。お前が経営者なら、あんな客はとっととつまみ出さんかい、この大ボケが」
「いや、だから注意したって言っただろ」
「言っただろう、とは何ちゅう言い草や、この野郎。てめえ自分の立場が分かってないのか。こっちは不愉快な思いをさせられた客なんだよ」
「だから注意しただろ」
「てめえ、ヤルつもりなら、俺はそれでもいいよ。表出ようか」
ここで台湾ママ、カウンター陽水、響ボトル夫妻が割って入る。
「お客さん、(経営者は)もうさんざん絞られたんだから、もう言わないであげて」とご婦人が叫ぶ。
「ダメ、こいつ全然反省してない」と僕。
「じゃあ、どうすればいいんですか」と経営者。
「とりあえず詫び入れろ」と僕。
「じゃあ、どうもすみませんでした」
「じゃあ・・・だと、この野郎?やっぱ表出ようか?」
この経営者はまったく反省していない。ご近所じゃなければ、次の瞬間にパンチが出ていたが、自宅はすぐ裏だし、喧嘩の原因はカラオケだし、直接の責任はこの人じゃないし、と握った拳を眺めながら、僕の高速電子頭脳は、こいつをぶん殴った後に来る、パトカーの赤色灯までイメージできた。
「お前さあ、経営者ならさあ、悪くないと思ったら謝るなよ。悪いと思ったらちゃんと謝れよ。どっちなんだ、この野郎」
「いや、あの、ほんと、どうもすみませんでした、知らない仲じゃないんだし、もう勘弁してくださいよ」
「わかった、ちゃんと謝ってくれれば、それでいい。仲直りしよ」と僕は経営者の手を握った。
「ほんと、どうもすみませんでした」
経営者はもう一度、僕の手を握ってきた。
「だから、もういいって。こっちもくだらんことで怒って悪かったけど、ありゃガキが可哀想だな。親の都合で連れ回しやがって、カラオケは許せるけど、そっちは許せんわ」
「いや、ほんとそうですよね」
「あのところでさあ、さっき、知らない仲じゃないんだし、とか何とか言ってなかった?」
「あ、はい、言いましたけど」
「えっ、じゃあもしかして俺のこと知ってるの?」
「はい、知ってますよ。さっきご挨拶したんですけど、歌っていたので気づかれなかったみたいですけど。それにしても歌、凄いお上手ですね、びっくりしました」
「ええ、あなた誰?」
「あ、僕○○です」
「ええ、○○さん!?」
(つづく)