少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

701 サドンデス

スポーツ用語でもありますが、本来の意味は突然死。
サッカーの松田直樹選手、残念です。昨年の巨人・木村拓也コーチを思い出します。こればかりはどうもなりません。
規則正しい生活を心がけ、食生活に注意しろ、と言われても、そら、みなさん、心がけていると思いますが、それでも人間ですから、それぞれの生活スタイルというものがあって、無茶苦茶な生活をしていても元気な人もいれば、ストイックに生きても亡くなる人は亡くなる。ストレスを溜めてまで、俗に言う、健康的な生活をすれば、それが本当に健康なのかと問えば、言いだしっぺの医者という人たちは、程度問題だと曖昧な返答をする。僕にはどうしていいのかわかりません。
ただ僕は、ひとつの防衛策として、かなり以前から、こういう考え方をしています。それは「明日があるさ」と将来のことを考える一方で、「今日が人類最後の日、明日はもうない」という危機感を自分の中で募らせるのです。比率は9対1くらいの割合です。
かなり以前から、そう思うように訓練しましたが、今、思い起こせば、何年か前の長崎の事件が、決定的だったように思います。
小学校6年生の女の子がクラスメートの女の子にカッターナイフで惨殺された事件をまだ覚えているでしょうか?通り魔と違い、幼い友達に惨殺される狂気の時代です。あの事件のお父さんのコメントが忘れられません。
「いつもの朝のように、娘を送り出す時、娘が台所にいる自分の背中を通り抜け、行ってらっしゃいと声をかけて、玄関で娘の後ろ姿を見た。見たのは後ろ姿だけで、赤いランドセルの印象しかなく、娘の顔を見なかった。あれが、生きている娘を見た最後の姿でした。どうして娘の顔を見ておかなかったのだろう。それが一番悔やまれます」
なんと悲しいコメントでしょうか。それ以来、僕は誰と会う時も「じゃあ、また」と握手しながらも「これが最後かも知れない」と心の一割はそう思うようにしているのです。これが僕のサドンデス防衛策。ただしこれは残された側の防衛策ですけどね。
さて自分サイドですが、これはどちらかと言えばサドンデスに近い生き方が僕のライフワークなので、かなり厳しいところです。自分サイドのサドンデスの防衛策はこのブログ「少数派日記」がまず遺書代わりであるということ。そしてもうひとつは、恥ずかしい遺品を処分しておくこと。例えば代表的なものはエロ本、エロDVDだが、これは意外と難しい。中には「なるほど」と思うものもあり、なんでもコレクトする僕には肉を斬る思いである。さあどうするか。
最後は笑い話ではなく、意外とマジな話です。用意されていない方は、そろそろ考えておいた方がよいかと思います。