少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

964 星野仙一5

タクシーで中日新聞本社に向かう途中、栄公園で信号待ちの車19台が興奮した暴走族に襲われボコボコに破壊された。その中に県警のパトカーもいた。
理由は未だにわからない。ドラゴンズの優勝で栄公園に集まった何万という群衆が酒の勢いを借りての度を越した悪ふざけ。大きな意味などない。「そ〜れそれそれ」とお祭りでも楽しむ要領で、たまたまその場所に、たまたまその信号で停車しただけの、何の落ち度もない車が、わけもわからぬまま襲撃されたのだ。
僕と片山はその騒ぎをタクシーから見た。これは最早スポーツの領域ではない。暴動事件だ。携帯電話などない時代、タクシーで電話ボックスから東京に電話を入れ、名古屋本社の社会部にすぐ向かうように伝言を残した。
中日新聞名古屋本社の運動部にもう部員はいなかった。締切の12時15分まで、まだ30分以上もあるのに、気楽なもんだ。現に栄ではとんでもない事件が起きているぞ。中日の優勝がらみの惨事じゃないか。
片山が早刷りのゲラをもらってくる。予想通り男性の記事は掲載されていない。ヤクルトのコメントは共同通信からの配信原稿で、僕らの雑感記事も小さく掲載されていた。
東京のデスクに電話を入れた。「東京では載せてもらえるんですよね?」「無理だろ」「どうしてですか?」「無理なものは無理なんだ」。
担当は僕が当時、最も尊敬している佐藤靖邦デスク。慶大出のキレ者でロジカル(logical=理論)では彼には勝てない。締切までのわずかな時間、上司と電話で怒鳴り合い。それでも佐藤デスクは逆切れなどして電話を切らない。必死で僕を納得させようと冷静になだめてくれた。
「やるだけのことはやったんだ」という満足感も爽快感もまるでない。敗北感と虚無感と怒りだけが僕と片山を襲った。
部屋にあったゴミ箱というゴミ箱を蹴飛ばして僕が歩く。静まり返った編集部に破壊音がけたたましく響く。何事かと振り返る人々に「すんまへん」「すんまへん」と片山が頭を下げ、ゴミ箱を片づけながらついてくる。備品にゼニなどかけない中日新聞のことだ、まだべコベコのゴミ箱があるとしたら、それはぜんぶ俺の仕業さ、星野仙一記念館を造るときは「怒りのゴミ箱」としてぜひ展示してもらいたい。
僕らは再びタクシーで栄公園に出た。パトカーが何台も来て、赤色灯の雨が降っていた。遠巻きに破壊された車を見た。もう取材する気力もなかった。
「飲みに行くか」
「行きましょうか・・・」
僕と片山はこの街の夜を知らない。もう名前も憶えていないが、いつぞや、木俣達彦さんに連れて行ってもらったスナックを探し出し、優勝したのに、僕たちふたりは朝までヤケ酒を飲んだ。コンチクショー。
(つづく)