1232 デビュー戦結果9
ラーメン・・・それは時として、人の人生を一瞬にして変えてしまうほどの魔力を秘めたモノ言わぬ黄色い蛇。
それはナゴヤ球場の悲劇とも呼ばれている。
ナゴヤ球場の一塁側ドラゴンズベンチ脇にあった選手食堂でのできごと。
その時代、海の向こう、パシフィックリーグでは広岡草食系ヨガライオンズ軍団というライオンのくせに草食で痩せたライオンたちが所沢の山中でリーグ連覇をしていた。
「戦に肉は不要だ」と自らは肉を食すが兵士には肉を与えない広岡草食達郎が率いる所沢軍団が頭角を現した。59年の日本シリーズで草食系に完敗した野武士軍団の若頭だった星野喧嘩仙一は評論家を経て、後年、ドラゴンズの監督に就任するのだが、その間、食に関する知識も身につけていた。いわゆるインテリヤクザというわけだ。
星野喧嘩仙一は、就任一年目、落合銭ゲバ博満をオケラ街道川崎からトレードでひっこ抜くと同時に、試合前のラーメンの全面禁止を打ち出した。
球場にラーメンはつきもので、世界の王さんも、試合前、球場内の選手食堂で食べるラーメンを楽しみにしていた。
世界で最も、選手と観客が身近なロッテ川崎球場時代は球場の売店に名物の立ち食い中華ソバ屋があり、そこで、選手もファンも同じように試合前のラーメンをすすったもんだ。「おじちゃん、サインして・・・」なんてせがむ坊主どもに「ラーメン喰い終わったらな」なんて、世界の村田兆治や有藤道世、野村克也がユニフォームにサンダルで立ったまんま汁をすする光景を想像していただきたい。古き良き時代のワンシーンである。
星野喧嘩仙一は、そんな時代遅れの野球を一掃したかった。ラーメンは脂分を多く含むため消化に時間がかかる。そのため、試合直前食としては不適格。うどんは可だがラーメン不可を徹底した。
ところが、習慣とは恐ろしい。タバコと同じで止めるに止められないのが実情だ。しかも旨い、ときたらなおさらではないか。悲しいかなナゴヤ球場の選手食堂のラーメンはデラウマ(名古屋弁=どえらげにゃ〜うめ〜でがんわ)だった。
選手の中には要領のいい者もいた。例えば、監督が雲子をしている最中にささっとたいらげる者。あるいはトイレに持ち込んで雲子をすると見せかけて中で食する者。古今東西、人間は旨いものの前では皆弱者になる。
そんなわけで、このドラゴンズの好守、好打、好走、好肩、とチームの中心オブ・ザ・中心選手を切ったのは、たとえ中尾であろうとも、試合前にラーメンを食った奴はこうなるのだ・・・という星野暴力団喧嘩野球を徹底させるための恐怖の礎だった・・・と新たに発行されるドラゴンズ100年史にはそう記されることだろう。
そう、つまり一瞬の摩だった。中尾、痛恨のラーメン。よほど我慢ができなかったのか、それとも無意識に食してしまったのか?すでに読売の人となってしまった中尾さんに真相を聞くことはできない・・・。
それだけ、試合前、試合中の食に関して、選手は己を律する必要があるんですよ」と僕は3人のプレーヤーに講義した。
「はあ〜凄いんですねえ」と兄山はステーキをほおばりながら言う。
「ラーメンはもとより、肉も禁止だがね」
「はあ、そうなんですか〜。それより安藤さんは何にも喰わんで平気なんですか?何か入れておかんと完全にバテますよ」
「心配は無用。一応、調べて持ってきた。上田桃子の中間食はカロリーメイトのメープル味。宮里美香はナッツ。ほれこの通り」
「あっ本当だ」
「何ですか、その黄色い箱は?」と丁さん。
「これはね一流アスリートのスポーツ食、カロリーメイト。良かったら半分あげるよ」と僕が半分差し出すと、丁さんは「けっこうですけっこうです」両手を振る。丁さんのテーブルにサッと置くと、何やらうなだれた表情。
「安藤さん、丁さん、完全に迷惑がってるじゃないですか〜」と兄山。
「えっ・・・そうなの、丁さん?」
「いや大丈夫です、大丈夫です、そんなことありません」
しかし、その表情は兄山が指摘したように、何かに怯えているというか、困惑している様子であった。
(つづく)
中尾選手の動画は見つかりませんでした。時間に余裕のある方は星野親分の動画で熱い夏をさらにお熱く・・・。