1326 坊主憎けりゃ
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・」とはよく言ったもんだ。
約10日ぶりの我が家、世界で一番落ち着かない場所に戻ってきた。空気が重たい・・・というか、ピリピリしている。迂闊に「屁」のひとつもこけない状況下。パソコンで聴く音楽は、ほとんど最小限にボリュームを下げ、それでも、もっと小さくしろなどと苦情が来る環境。この窮屈な空間に毎月20数万円の住宅ローンは果たして妥当なのか・・・と常々思う。
昨夜、NYから深夜に帰宅して、まずやることは物干し場の落ち葉拾い。出発する日に干した、僕の洗濯物を床から拾い上げる作業。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはまさにこのこと。もう慣れてしまって感覚がマヒしたせいか、淡々と夏の名残りの半袖Tシャツを拾うが、最初のころは「ひでえことするなあ・・・」と悲しくもなった。当時はソファに掛けたスーツまで床に放り投げられていたから、それに比べたらまだマシか。
僕が買ってきたものには手をつけないから、出発前にナマモノは処分しなければならない。以前、数か月ほどして海外から帰国したら、冷蔵庫の中で、僕の残した野菜が液体に化けていた。原型をとどめておらず、あの液体が元は何だったのかいまだに謎。触るのも嫌というメッセージなのだろうか?そんなわけで、食糧はいつも一人分を買うのだが、キャベツ一玉はさすがに喰いきれん。
他人様の家の方が落ち着く、という人は、そんなに多くないと思うが、僕は子供のころからそうでした。家では「冗談」が通じず、お互いに思いやりが通わない。
例えば実家では母親が朝食を作る。前夜は深酒けして、眠いし食欲などない。無理やり起こされて「せっかく作ったんだから食べなさい」と強制されても喉を通らない。丁寧に辞退しても母親は「もう作らない」と立腹する。有り難いのだが、こちとらももう高齢で、昔のように我慢してでも食することはできないのだよアケチくん。
一方、笹塚の自宅では、僕が居間に行くと、団欒は中断され、サーと潮が引くように誰も居なくなる。まるで条件反射のようにだ。こちらは遠慮しながら最短時間で用件を済ませ、自室も戻る。すると、またサーと潮が満ちる。怪奇現象でもなんでもない現実だ。
争いごとは好まないから怒鳴ったりしない。あまり考えたことはなかったけど、これが俗に言う「無視」という「いじめ」なのだろうか?まさか家族からとはね。「おはよう」と挨拶しても「ん」くらいしか返ってこない現状、なかなかスリルと緊張があって奥ゆかしい。敵の忍耐も大したものだ。「おはよう」がいつ返ってくるのか、日々楽しみというおまけがあるので、ある意味、生き甲斐にもなる。
「好き勝手をしてきた当然の結果」とトヨジが言う。「それだけ好き勝手をして何も言われないなんて凄いこと」とレッドキング藤島が言う。
まあ、どちらも「当たっている」といえば、当たっているが「大事を為すには小事の犠牲は、いたしかたない」ということだろうか。「家庭運」が無いとは僕の手相にも現われているとか。
出国前、NYへの土産を買いに青山の和菓子店に行ったついでに、美味しそうな「みたらし団子」を買い、よかったら食べてね、と冷蔵庫に入れておいたが、やはりカビが生えていた。帰国の機内でデルタ航空のCAさんに親切にされたのでお礼に機内の免税販売で買ったゴディバのチョコを家族への土産として、テーブルの上に置いたけど、数分後には床の上に移されていた。
さあて、しばらくは地獄の日々。それでも早く、反日運動の激化する中国にでも避難するとしようか。