少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1695 浄土からの声が聞こえる8

散乱したガラス破片の上を、裸足で歩くような日々・・・・
それが避難所生活だ・・・と拓馬は感じていた。
市街地からの沿岸沿いの、たった一本の命綱ともいえる国道は地震津波で壊滅し、救済物資が届かない。
唯一の情報は、誰かが持ち込んだ小さなトランジスタのみ。それにみんなで耳を傾けるものの、二日で電池が切れた。携帯電話もみな充電切れ、いやその前に、アンテナがずたずたに破壊され、電波すら届かない。完全たる陸の孤島。「格差」という言葉がブームの昨今だが、避難所格差・・・という言葉さえ生まれた。


主要幹線道路が生きていて、自衛隊や政府のトラックが入り込める地域には、過剰な物資が届けられ、本当に必要なところには、生活する上で、最低限の飲料水、食糧、医薬品も届かない。
持病を持つ人は悪化し、トイレは使用不可能となり、排泄処理も大きな問題となり、動ける人はともかく、動けない人々は、飲食の餓えに加え、普段の当たり前の日常生活さえままならない苦しみに打ちひしがれていた。


ましてや情報も入らない・・・。
東京も壊滅した・・・、日本が沈没した・・・、もう救援は来ない・・・、さまざまな流言が避難民の不安をさらに揺さぶった。これらの流言は、阪神淡路大震災のときも、同様に流れ、それを悲観して自殺者まで出した。
東京の壊滅・・・というのも、あながち嘘ではない。それほどの、恐怖を直に体験した彼らは、そう思っていた。
ただ、不思議と福島の原発事故については、流言が出なかった。安全神話が確立されていて、原発のことなど脳裏になかったのだろう。しかし当時、世間とマスコミの関心は、隔離された避難民の救助より、福島第一原発の水素爆発、メルトダウンに向けられていた。


地震発生から3日、4日、そして一週間・・・、避難民は疲労困憊し、互いの口数も少なくなる。こんな時こそ励まし合わなくては・・・誰もがそんな風に心の中で思っている。
しかし、もうみんな身体が動かない。離れ離れになった家族や親戚と連絡が取れない。寒い。食糧がない・・・。
身体はとっくに動かない、気力だけが、最後のエネルギー・・・。だが、それも、車のガソリンのランプに例えるなら、すでにenptyの赤い表示を下回っている。もうすぐ、どの車もガス欠で動かなくなる・・・。


配給されるわずか数粒のカチカチの乾パンを、歯の悪い老人にどうやって喰え・・・というのだろうか。希望者には、トンカチで砕いて粉状にした乾パンが配られたが、「おれたちは鳩じゃねえんだ」と嘆くお年寄りもいた。
「ああ・・・あったけえもんが喰いてえなあ・・・かあちゃん・・・」
拓馬は、動けぬ美知子の半身をゴツゴツの海の手でさすりながらそう言った。
美和子は涙を流し、ただただ頷いた。


動ける人は、家族とともに街を目指した。
その分、避難所に空間ができ、薄かった酸素が、少し増えた気がした。
配給も少しずつではあるが、増え、人数が減った分だけ、被災当初より、一人当たりの分配量も増えた。とは言え、朝昼晩と三食の配給が来るのは、まだまだずっとあとのこと。1個のお結び、1本のバナナ、1本のヤクルトだけが一日分の配給という日もあった。


動ける人が移動した・・・ということは、動けない人と、動けない人を抱える家族が取り残された・・・ということで、すべてが喜ばしいわけではない。
「おっかあ・・・大丈夫か・・・佳子は生きてるか・・・」
拓馬は混乱の中で、携帯をどこかで失くしてしまい、何度も探したが見つからない。すでに波にのまれたに違いない。
美知子の下着を洗いに、海へ降りるたびに、少しだけ、我が家跡に寄るのだが、海に近かった分、もう何もかも、海に引きずり込まれてしまったようだ。
美和子の下着を海で洗う時でさえ、どんな荒波や嵐の恐怖とも闘って勝ち抜いてきた歴戦の海の男が、ひざまでの浅瀬ですら、すくむような恐怖を感じていた。それだけの恐怖は、実際に体験した者でしかわからない。


「死にてえよ・・ とうちゃん・・・はよ、殺してっちゃ・・・クビさ締めてっちゃ・・・お願いだべさ・・・殺してっちゃ・・・」
美知子は、夜になると、ずっと泣きながら、小さな声で拓馬にそう言った。
本当に、その方が、美知子のためになるならば・・・
ふと気づいたとき、拓馬の手が、自然と美知子のクビに回ったこともある。
そんなとき、ICUのおっかさんと東京に居るであろう佳子の声が聞こえた・・・ような気がした。
ハッと我に返り、美知子のクビから手を放すと、美知子がかすかに微笑んでいた。
「おとうちゃん・・・もうちょっとやったねえ・・・、あたしにも聞こえたっちゃ・・・佳子の声・・・でも、もういいっちゃ・・・かあちゃん、もう、いいっちゃ・・・死なせてくんろ・・・もう疲れたっちゃあ・・・、もう苦しいっちゃあ・・・おとうちゃん・・・もうちょっとやったねえ・・・」
(つづく)