1837 青春18切符W編1
累積読者10万人突破記念第2弾・「青春18切符」の連載を始めます。
これは、予告したコモエスタ・山本さんの特別酔いどれ紀行の、山本さんなる人物を知っていただくための青春リアル小説です。(コモエスタ紀行は、この連載の終了後に連載いたします)
未公開の小説ですので、極秘扱いの他言無用でお願いいたします。一部だけですが、感謝を込めて発表いたします。
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そして「サクラチル」の不幸の電報が届けられた。
僕はこの不幸の電報を寄越した学生のようなおっさんのような合格電報の山元さんと親しくなった。受験終了後、僕がW大の大隈講堂を見上げていると、おっさんが僕に近付いてきた。
「君、受験生?もう合格電報どこかに頼んだの?」
人の良さそうなおっさんはにこにこしながらそう言った。
「いえ、まだです」
「あっそう、じゃあうちのサークルでやったあげるよ、ちょっとこっちおいで」
おっさんは手招きで、僕を仲間の元へ案内した。
どこの大学でもたいがいそうだが、多数のなんとかサークルの面々が合格発表を見に来られない地方からの受験生を餌にして合格電報で宴会用の部費集めをしていた。まるで縁日のテキ屋みたいにメガホン片手に威勢よく声を張り上げて、せっせと田舎モンを勧誘しているのだ。インターネットで合否確認ができるようになった現在では、絶滅した商売となったが、W大のように日本各地から多数の受験生が集う有名校は、かなりのシノギとなったはずだ。
「君どこから来たの?」
やる気があるのかないのか、よくわからないおっさんだが、人相がいい。地顔が笑っているみたいで、着なれたTシャツのように、無意識に染みこめた。
受験最終日は田舎の高校の卒業式と重なったので、僕は卒業式には出席していない。その代わり山元さんが主宰する「W大けん玉研究会」という奇妙なサークルの追い出しコンパというやつに連れていかれた。
大学生にもなって何が「けん玉」か、アホくさ、と内心バカにしていた僕だが、追い出しコンパの対象となる4年生の中にはNHKのアナウンサーになる女学生や、日本を代表する商社や航空会社、全国版の新聞社、テレビ局などなど、誰でも知っている企業に就職する面々が顔を連ねていた。僕をこの場違いの場に連れだした山元さんは、というと「ああ、俺?俺は一浪して一留だから、あいつらみたいにエリートじゃあないよ」と、日本に初めて上陸した外資系の癌専門の保険会社に就職した。
だが僕は、その商社や航空会社や新聞社やテレビ局の人間にこれからなるという学生を見ても、何故だろう、その未来像がまるで絵に映らなかった。さしたる魅力、凄さを感じない。ましてや、羨ましいとかいう気持ちが、これっぽっちも湧いてこかなかった。それより、このおっさんのような腹をして、ビールを痛飲する山元さんの方が何故だかずっとたくましく見えた。
僕は山元さんから「この子は春からウチのサークルに入ることが決まった海藤君、まっ、ひとつよろしく」などと唐突に紹介され、一同の大喝さいを浴びてしまった。
まあ5学部も受験したのだから、ひとつくらい当たるかもわからん。特に商学部はマークシート方式だから奇跡もあるかもわからんし、なるようになるさ、と開き直り、ひと足早い歓迎コンパを開いてもらった気分だった。
それにしても東京の女学生は綺麗で華やかだった。特にNHKに行く岡崎さんという女性は、これまでお目にかかったことのない、ぞくぞくするような小柄な美人だった。そのほか、何人かの女子大生がおっさんの指示で僕をかまってくれた。実に楽しかった。
二次会、三次会と宴は続き、僕ら田舎モン受験生からかすめた凌ぎは、このようなカタチで居酒屋の露と消えていった。
最後は僕と山元さんの他に男が4〜5人、女学生が2人残った。ひとりの女学生はまだ1年生。現役合格だから僕より1つだけ年上のはずだが、ひどく大人に見えた。山口県出身と言っていたが東京の人にしか見えなかった。もう一人の女学生は東京出身の3年生。こんな綺麗な人が彼女だったら、もう死んでもいいとさえ思った。
最終の東西線で高田馬場から男どもだけで、中野に向かった。東中野で下車すると、ホームのベンチでノッポのサラリーマンが泥酔してのびていた。山元さんの「おい、こいつも可哀そうだから連れてってやんな」のひと言で、意識の無い行きずりの泥酔ノッポを、みんなで代わる代わる担いで、メンバーのひとりの下宿に辿りついた。
4畳半の下宿は万年布団の上に、酒の瓶やら、カップラーメンの空き容器やら、麻雀のパイやら、エロ本やら、足の踏み場のかけらも見当たらなかった。どのようにしてこの狭い部屋に大人が5人も6人も入れたのか、今となっては謎だが、部屋にある酒を飲み尽くすと皆、折り重なるようにして屍と化した。いや、正確に記すならこの4畳半に6・5人の大人が寝た。0・5人は東中野のホームで拾ってきたノッポが長すぎて、どうしても全身を部屋に入れることができず、上半身だけ玄関に入れて、下半身は閉まらない玄関のドアからはみ出して寝てもらったからだ。翌朝、ドラマでよくで見る「ここはどこ?私はだれ?」というセリフをナマで、しかも女性ではなく野郎から聞いてしまった。
(つづく)