2155 3・11 憤怒/華怜と進次郎
これが極めて正論であり本音であると断言する。
震災復興政務官の小泉進次郎と、AKB48の唯一の被災者・岩田華怜の言葉。
昨11日、宮城県女川町で行われた東日本大震災の追悼式に出席した小泉進次郎復興政務官(32)は憤怒した。
「女川の人たちは明るい表情を見せているが、本音は違う。愛する人が何でまだ仮設住宅に住んでいるんですか?(安倍ちゃんは、東京で行われた追悼式で『復興は進んでいる』とスピーチしたが)、果たして本当に進んだと言えるのか? 私は進んだなんて言えない。
震災関連のテレビ番組は視聴率が取れないと聞いている。こちらも報じてもらえるように絵を描かないといけないけど、そんなのはやりたくないんですよ。普段からもっと震災に関心を持ってほしい」
昨年9月、復興政務官に就任した進次郎。現在、被災者が最も頼りにしている政治家だと聞く。反原発、反舛添、東北復興を最重要課題に掲げている進次郎が、今、一番、まともな政治家だと思う。
この若者を、東北在住にして、東京五輪の予算とマンパワーと資材をすべて東北に回せ。片山土下座さつき議員とか、わけのわからんおばはんが「私は16回も現地に足を運びましたから、現地のことはよく理解しています」(たけしのテレビタックル)などと、自らその数の少なさに自慢して恥をさらし、厚顔に厚化粧の上、ぶりっ子衣装で、大根足を何度も組み替える醜態までバッチリ映され、こんな下品な議員が東北に関わること自体が国辱以外のなにものでもない。
進次郎は同町の式典に3年連続の参加。国会議員を代表して献花し、被災して亡くなった人々を弔った。
また、AKB唯一の被災者・岩田華怜(かれん=15歳)は、故郷の宮城・石巻総合体育館を訪問した。華怜は、AKB加入直前、宮城県仙台市の自宅で被災し、しばらく避難所生活を送った当事者でもある。そんな華怜の声を聞こう。
「目に見える復興は少しずつ進んでいるかもしれませんが、心の復興はまだまだです」
2011年3月11日。当時、小学6年生だった華怜は、AKB48の研究生オーディションを受けた。
「そんな時に地震があって、すごく不安でしたし悩みました。でも、故郷のために、自分に何ができるのかを考えたときに、やっぱりAKB48に入りたいと決意しました」
研究生セレクション審査に合格したのは震災の翌月に上京した。
中学2年になった2012年8月からは、NHK総合の1分番組『カレンの復興カレンダー』(毎週月曜 後7:56)のナビゲーターを務め、被災地で暮らす人たちが綴ったブログ記事を紹介した。リアルな被災地の日々の様子を伝えているが故
「正直、私は月日がたてばたつほど、やりきれない思いや寂しさ、恐怖が色濃くなる時があります」
と自身のGoogle+で被災者としての胸中を吐露していた。
「東北の皆さんは明るく前向きに、今日を生きるために必死で頑張って来ました。だから私はこれ以上、故郷に頑張れとは言えません。みんなもう十分、本当に十分頑張って来たからです。目に見える復興は少しずつ進んでいるかもしれませんが、心の復興はまだまだです」
と心の叫びを訴えた。
今回、ともに石巻を訪問した大島優子(25)は「自分の故郷がなくなってしまうことの恐ろしさを同じAKB48メンバーが体感したんだということ、そして、隣で泣いている華怜の姿を見て、その悲しさに胸が痛んだ」と明かす。
中学を卒業し、4月からは高校生になる華怜の心の傷はまだ癒えていない。
「私1人の力では何もできませんが、この先ずーっとこの気持ちを忘れないように、風化させないためにも、できることを探し続けていきたい。今日からまた、前だけを向いて歩き出したいと思います。故郷の人達と一緒に!」
昨11日、AKB48グループが岩手・宮城・福島の被災地3県を訪問。国内4ヶ所の劇場では復興支援特別公演を行った。優子は宮城、さしこは福島、まゆゆは岩手へと向かった。
さしこもまゆゆも、ひとり立ちしたので、これからの安藤総理は華怜推し。政治家は小泉進次郎。
う〜ん、早まったかな・・・これは・・・。ちょっと、も一度考えさせて。
AKBというか、森三中研究生・・・ってか。失礼。