少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

5309 佐瀬稔、生と死

1/17/19

FBFのみなさま、おはようございます。
今日は阪神淡路大震災の日です。
24年前の今日です。私はその日の朝のことを鮮明に覚えています。

当時は世田谷区の千歳船橋に住んでおりました。明大八幡山グランドまで徒歩圏内です。

独身でした。

前夜から立川の知人宅に遊びに行っていたのですが、留守番のチャミ子さんのお散歩があるので、早朝に辞してクルマで帰宅途中にカーラジオから地震の一報が入りました。地震発生時刻は5時46分でしたが、速報を聞いたのは6時半を過ぎていたはずです。
ちょうど希望ヶ丘公園の傍を通り過ぎた時、ラジオ体操に励んでいる人々を見たからです。

帰宅して、チャミ子さんのお散歩して、朝ごはん食べさせて、出社、当時は日刊ゲンダイです。

テレビで徐々に映像が流し始めるにつれ昼ごろには社内も騒然となり電話の鳴る数が増え続けました。

のちに知りましたが、関西在住の社員のご家族も犠牲となりました。

私が師匠と仰ぐ佐瀬稔さん(元報知新聞編集部部長、その後フリーになり、金属バット殺人事件、女子高生コンクリート殺人事件などの著者)の「大震災 生と死」は、凄い取材力と筆圧に圧倒されました。ぜひ読んでいただきたい一冊です。

以下、被害に遭われた関西のFBFの豊嶋さんからいただいたコメントを掲載させていただきます。

「当時、私は、西宮の病院に勤めて居ましたが、子供達をほって仕事に行けないので、連絡しようとしましたが、電話が一切繫がらず、仕事は無断欠勤状態でした(>_<)ゞ
子供達は余震に震え怖がるし、仕事の人もどうしてるか気になるし、新幹線の橋桁が崩壊し、通勤手段は自転車しかなかったです(>_<)ゞ
4、5日振りに電話が繋がり、職場の人がずっと連絡してくれてたのが、分かり有り難かったです。
私は子供達の側に居たら良い、此方は、大丈夫と言って下さり、その優しさに甘えさせて貰いましたが、大変なのは目に見えるので、10日振りには片道一時間、自転車通勤しました。
震災当初は、頭が陥没して絶命されてる子供さんを抱き、助けて下さいと泣き叫ぶお母さんや、大怪我をされた方々で、いつも広々したフロアが埋め尽くされて居た様です………
神戸では、目の前で家屋の下敷きになり、出れなくなった家族を救えないまま、火災で亡くされたり………
本当に悲惨な状況でした………
私も過労と心労で病に倒れて、子供達も病に倒れて、二度も入院させてしまいました………
話せば長くなりますね、苦笑。ごめんなさい。
マスゴミマスゴミでしかないと分かりました。
医療も福祉も心的外傷後ストレス障害に無知で、だから、治療さえ出来ないと分かりました。
無知な医者達が頼れるのは、薬しか無いから、出鱈目医療の薬害被害まで遭わされてます………
心的外傷後ストレス障害を患った方々も、心身にあちこち不具合=障害を背負うので、薬しか、緩和策はない現状ですしね。
この災害、震災、事故、事件だらの日本で、心的外傷後ストレス障害は皆が患ってるだろうと思います。治療もケアもないまま……
長々ごめんなさい(>_<) 」

自然災害を防ぐことはできません。起きた後の対処をどうするのか。行政をあてにするのは無意味です、彼らは特に何も出来ません。まず、自身で何ができるのか、どうするのか個人個人が熟考しなければ、自然災害で犠牲となられた多数の人々の生命を賭した教訓が生かされません。

阪神淡路の犠牲者の方々のご冥福を祈ります。
また被災者の方々にお見舞い申し上げます。

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