5644 一杯のお粥と二本の水 その4
2/17/21
『一杯のお粥と二本の水』その4
気の利かない運転手の車から降りる。彼女の残り香はすでにない。彼女が肩を貸してくれた際、己の左脇下が彼女の肩に密着したはずだ。匂いを嗅ぐが己の匂いしかしない。無念。
冷たい雨に、そっと傘を差し出すのは決まって三流ドラマの安易な妄想話に過ぎない。現実には1万%もないから落ち込む必要もない。されど、そこはかとない淋しさはどこからともなくやって来る。
「淋しい」という文字は林のように昼間でも暗く長く続く出口の見えない自然道に冷たい水(雨)が滴ると書く。なるほど、我が家までわずか数十メートル、林はないけど、冷たい水は落ちてくる。淋しさはそのせいか知らん。
手が寒さでかじかんで、鍵穴に鉄のギザギザを差し込めず。虚しい。
もはや自力での直立は困難。ドアを開け、這うようにして地下室へ。
雨に濡れたジャンパーは脱ぎ捨て、失禁で濡れたズボンとパンツも脱ぎ捨てた。
とにかく、ベッドに辿り着いた。寒いけど、病院よりはあったかいんだから〜♬
上半身は飛脚の制服、下半身はスッポンポン。61歳の老ウルトラ警備隊員の変死体が上がれば、真っ先に疑われるのは、ライバル黒猫社のDさん。因縁関係はない。かつて飛脚が伏せた時には作り立てののり弁を届けてくれたり、宗教病院に見舞いに来てもくれた。だがね、松本清張の犯人は、一番犯人らしくない人物なのが相場である。まずはアリバイの立証から。
61歳、上半身飛脚、下半身スッポンポン男は、意識朦朧、寒さで布団を掛ける、が、記憶はない。電気はつけたまま、目を閉じるも、眠れてはいない、いや、眠っているのか? うつつか?
まだ頭も胃腸もグールグル。水が飲みたい、水がない。
今夜は帰れない、帰りたくない。
時間、空間、色彩、視覚、聴覚、触覚の感覚がない。しかし彼女が残したあのほのかなシャンプーの香りだけは、鼻腔の奥のおケケがしっかりと記憶している。ゆえに、あのウイルスではない。嗅覚は生きていた。
それよりも水、爺、水、水・・・
つづく
http://chamy-bonny.hatenablog.jp/entry/2021/02/11/220751