少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1217 のさり

人智では量ることの知れない、天災、人災、幸運、不運、幸福・・・、人が生きていく三次元での世界で起こりうるすべての現象。これが「のさり」と知れば、重い気持ちが、少し軽くなるように感じました。
以下「まりんかの日記」からの転載(抜粋)です。
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のさり・・のこと

熊本弁でしょうか、のさり・・という言葉があります。
天からの授かりもの・良いことも悪いことも与えられたもの・・という意味でしょうか・・
きょう、お客様とお話ししていて話題にでた言葉です。
若い人はあまり使わなくなった言葉ですが、標準語にはないこの言葉は意味を説明するのに微妙なニュアンスがあり、うまく説明できませんが、天からの「のさり」、天から授かったもの
きれいな海、魚、米、すべて天からの「のさり」と考えます。
「のさり」とは、いいことも悪いことも、全部自分に与えられたもの。
だから辛くても、のさりを一つの糧として受け入れて生きていかなければならないのです。
天草生まれの作家に島一春さんという方がいらっしゃいました。島さんの作品の『きざまれた風向』の冒頭「のさり」の中で語っておられることを引用します。
「のさりとは、わが身の理性、知恵、自己本位の計算や意志、教養などのはるかに及ばぬ大いなるもののはからいによって、授け与えられたもの、という意である。(中略)のさりの想念は、受動的な諦めではなく、敗退の思想でもない。おのれの禍福の正真を素直な心で見つめ、災禍に絶望せず、福徳に慢心せず、大いなる摂理のもとで禍福を乗りこえて生きていくという、生命の源泉から発した思想である」
(中略)
「人間はみな生立(おいたち)が異なる。の出遇いとふれ合いのなかで貴重なものを得ることもある。また人生の道すじで、逆境に追いこまれて、苦悩する人もいる。感動に心をふるわせる体験、歓喜と愛の体験、悲嘆の淵に落ちて絶望に悶えた体験をした人もいるだろう。
 だが、出遇いで得た貴重なもの、感動、苦悩、悲嘆の体験も、流れゆく歳月のなかで忘れ去ってしまう人もいるし、それらの体験を真珠の光のように、生と命の尊い糧としてはぐくむ人もいる」
 ヴィトゲンシュタインという哲学者が語った「主体は世界の一部ではなく、世界の限界なのである」という言葉を思い出します。主体としての民衆の心が時代状況を決めるのだとすれば、島さんが描く生の原点に立った民衆の共感にこそ、行き詰まった時代状況を開くかぎが秘められているのではないか、と思われてなりません。

きざまれた風光
作者: 島一春
出版社/メーカー: 河出書房新社
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ケンブリッジ大学ヴィトゲンシュタイン教授の「主体は世界の一部ではなく、世界の限界である」という言葉、オスカー・シンドラーの墓石に刻まれた「ひとりの命は地球より重い」という言葉を連想しました。
http://d.hatena.ne.jp/caravan9336/20120712/1342101405