少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2793 キリンの思いやり

7/22-14

数日前のこと。ノドがカラカラで、笹塚駅構内の自販機で、飲み物を買いました。

電車の中で飲むと「冷えてな〜い」
やられました。おいらのカラダに気を遣ってくれるのはありがたいんだけどさ〜、キリリと冷えたやつをキュイ〜とやりたかったわけですよ。
帰り道。自販機にあったお客様相談室に苦情の電話。

でも時間外で留守電。
翌日、丁寧なお詫びの電話。調べたところ、取り出し口の開閉に不備があり、冷えが悪かったそうな。
現金書留にて、代金130円を送るとのこと。
「いや、わかっていただければ十分。130円のために現金書留とは恐縮、辞退します」ともうしたところ、「それでは、こちらの気持ちがおさまりません」と担当の女性。
で、昨夜、帰宅すると、ボールペンと詫び状まで。
日本の企業は、本当に凄いです。
キリンビバレッジさん、札幌から、130円と、ボールペンと、お気持ちを受け取らせていただきました。

2792 春日町〜神保町

7/21-14

東京ドーム横、白山通り沿いの新三陽で夕食。
王さん、原監督も絶讃する店。
新人記者時代の後楽園球場。試合開始前の30分間が記者の食事タイム。
「お前、(ヤクルトの)原稿はいらないから、メシの準備だけはヘタ打つな」とは先輩記者。
評論家の江夏豊さんと、江夏番のNさん(今年からドラゴンズの球団代表に就任)と巨人番2人と私の計5人前。
必ず決まって新三陽の日本海ソバ(写真)とギョーザ。いつも、全部、江夏さんのおごり。
とにかく、5時30分に出前が届くように注文する。

今のように時間予約はできないから、注文のタイミングが難しい。当然、フライングはアウトだし。
「おい、安藤、アイス買うてきてくれや、人数分な」と江夏さん。
5回表くらいになると、ピッと1000円札渡されて売店にダッシュ。楽しかったなあ・・・
おっと、この「日本海ソバ」850円、めっさ旨いっス。

 

水道橋から神保町まで一駅歩いて、神保町界隈の古本屋を一時間で4軒ほど、ハシゴ。
さぼうるの隣に見つけたBARにふらりと入る。
本格的なスコッチBAR。
HIGHLANDS BAR X 03-3219-0600
本日、HOBGOBLIN(ビール) BOWMORE(スコッチ)
BUSHMILLS(アイリッシュ)
つまみは大好きなセサミハイチ、チョコレート、カシューナッツ
チャージ1000円。落ち着ける場所見つけました。

 

 

2791 安城紀行17-7-2

実家はですね、冷暖房完備なので、今宵はグスリ行けそうです。
サントリーオールフリー2本いただきました。
あと、新しい長袖のパジャマが用意されてまして、ありがたいです。
元球児なので、腕は冷やさないように夏でも長袖なんです。
あと、私の物持ちの良さは異常なんですけど、東京ではファイテインのパジャマ、15年くらい着てます。ほぼ毎日洗濯するから着るのは二日に一度です。

小6の時に買ってもらたアーノルドパーマーの黄色の丸首パジャマは高2まで愛用していましたが、原型が無くなったとして、学校に行ってる間に、勝手に親に始末され、悔しい思いをしました。

最古の衣装は、中2の時に、青山通りキラー通りの交差点にあったVANショップで買ってもらった、ラングラーのベージュのトレーナーです。

袖をハサミで落としたら、ワイルドなタンクトップになり、まだ着れます。

私は服を簡単に捨てません。

子供の服も全部、チベットの子供たちに提供しています。

2790 安城紀行17-7-1

安城に移動中です。7/16-17。

昨年暮れ、2号ちゃんと春までに荷物を片付ける約束するも、例の脚痛、腰痛、入院、渡米治療で、歩行も困難で約束果たせず、さらに評判は悪化。横浜の娘と女房による父親殺人事件も、いよいよ他人事ではなくなった。

やっとの思いで、荷物整理、混載して出発。

日曜日はスイスイと思いきや首都高は工事渋滞、ドライブインはゴールデンウイークとやらで超満員。

いつもの新東名沼津SA、ドライバーズイートインで半額弁当とおでんをゲト。

店員にそっと、水一杯を所望したところ、「あちらでお買い求めください」と冷たく、ペットボトル飲料コーナーを指さされ、ガックシフンゴマラ。どこの世界も世知辛いのね。

車に戻れば安曇野の美味しい水2リットルが待っているわ、ここはひとつじっと我慢の大五郎。

それにしても問題がある。実は入院中に車検切れ、出がけに気づいた。

ガソリンスタンドでは右の前輪がパンクしてます、だと。

明日、車検に出すので、修理せず、名古屋まで湯くり行く。
無事に着いたら、皆さん、密かに喜んでください。

 

皆さま、ご心配おかけいたしました。
先ほど、無事に安城に到着いたしました。
明日朝、あんまき高校の同級生のコクネモータースが、代車を持って来てくれるそうです。
「安藤くんのタイヤは、すぐにはぜんやつ(三河弁=破裂しないもの)だげな、そのまま湯くりと来てください」とのこと。
同級生なのに、やたら丁寧語を使うコクネモータースに自動車のことは全て任せています。

僕は自分でガソリン入れるのも面倒くさくてイヤです。運転するのも避けたい人間。
趣味がドライブという人の気がしれないタイプです。
ハンドル握ると眠くなるタイプ。本日も眠眠打破のお世話になり、2度の睡眠休憩取りました。

 

 

2789 頑張れカープ赤松選手

7/18-17

よし、赤松選手を応援するぞ。
京都・藤森中時代は倖田來未とチームメイト二遊間。
立命館大時代は倉木麻衣とクラスメートの経歴を持つ36歳。
必ず一軍復帰を。待ってます。

以下ネット記事転記

 昨年12月末に「初期の胃がん」を公表し、今年1月に手術で胃の半分を摘出したプロ野球・広島の赤松真人外野手(34)が17日、TBS系で放送された「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」に闘病を支えてくれた妻・寛子さん(35)とともに出演。

がんは「ステージ3」だったことが明かされた。

胃がんから復活しキャッチボールを再開したが・・・

 赤松は昨年12月の人間ドックで胃がんが見つかり、同28日に会見して「初期の胃がん」を公表。今年1月5日に手術を受け、胃の半分を摘出した。

 術後、「傷口がふさがって、(リハビリして)普通に野球できるもんだと思ってました」という赤松。しかし、摘出した胃の細胞や組織を顕微鏡で検査したところ、リンパ節に微細な転移が複数見つかった。

 担当医は「正直なところ、僕たちが予想していたよりも、(がんは)進行した状態でした。

最終的にはステージ3a期ということになります」と説明。

赤松は飲み薬と点滴を併用する半年間の抗がん剤治療を選択をした。

 ステージ3と宣告された赤松は「(昨年12月に)『がん』と言われた時よりもショックでした」と振り返った。がんは最も進行した段階がステージ4で、6月22日に亡くなったフリーアナウンサー小林麻央さん(享年34)はステージ4を公表していた。

 赤松は半年間の壮絶な抗がん剤治療を乗り越え、今月11日から3軍に合流。術後、初めてのキャッチボールを行うなど、軽い練習を再開した。今後通院を続けながら、がんからの復帰を目指している。

 

 

2788 安城の老人福祉

7/19-17

おはようございます。
愛知県安城市の老人福祉サービスはハンパないです。

まず週に3度、ヤクルトおばさんが生存確認に来てくれます。

その際にヤクルト一本くれます。

お掃除ヘルパーさんが週に2時間来てくれます。料金は2時間で200円です。

シルバー人材から来てくれるので60歳以上の方ですが、とても手際よくやってくれます。

安城市が9割負担だそうです。
一回だけ、試しにダスキンのお掃除サービスを頼みましたが、何も出来ないゆとりちゃんが来て2時間6000円だったそうです。もうダスキンゆとりちゃんも不要です。

布団洗濯サービス。年に4回。一回につき、布団でも毛布でも3枚まで無料にて洗濯してくれます。

しかも取りに来てくれるし、持って来てくれます。

介護用品はほとんど1割で買えます。これは要介護認定の級数によるみたいですが。

老人会は月に300円の会費で、豪華弁当、お菓子が出て、いろんな催しに無料で参加できます。

月5回の半日リハビリは車での送迎付きで2700円です。

敬老の日と誕生日には安城市からプレゼントが届きます。
凄いでしょ。

東京のFBFさんから暑中お伺いの鳩サブレーが母親宛に届きました。

メロンはコクネモーターズさんからです。
車検をお願いしたのはこちらなのに、先方からメロンが届く不思議な県。住みやすいのは事実ですが刺激はありません。

2787 FBFの訃報

7/19-17

アメリカ在住の日本人FBFのFさんの訃報が今朝入りました。
事実確認ができなかったので静観していましたが、残念ながら事実みたいです。
まあとにかく、楽しい投稿をしてくださる方で、私も多くの投稿を(特に動物ものを)シェアさせていただいたので、ピンと来る方も多いと思います。
メッセは何度かやりとりいたしましたが、面識も電話もありません。

しかし、いつもアリゾナやカリフォルニアの実生活事情をリポートしてくださり、私は彼の投稿をとても楽しみにしていました。
ここ数ヶ月は体調を崩され、緊急入院のリポートもありましたが、先の日曜日にも複数の投稿があり、訃報はまさかまさかでした。年齢は多分、私より少し上、アラ還暦だと思います。
大量のクスリ、病院までの長距離運転による過労、奥さんの看病、ご自身の持病、一度に重なったのでしょう。

私の父親も還暦60歳で他界しました。
東洋医学では、還は戻ること、暦はこよみ。

つまり十干と十二支の組み合わせは10と12の最小公倍数の60 通りある。

すなわち生まれた歳と同じ干支が巡ってくるのが60歳。

そこで生命学ではひとつの人生を全うした60歳が寿命の区切りという考えがあり、定年という仕事の区切りと同じように生命の転機が訪れる。

だから、この時期には体調を崩すのは自然の理とも言える。私を含めアラ還暦の皆さま、くれぐれも過信せぬように。

そして、面識もないのに、毎日の投稿で、とても親しい存在であったFBFの突然の別れをどう受け止めたらよいのか?
私が今朝、投稿した森高さんの渡良瀬橋も、つい先日、他界されたFBFさんへのレクイエムです。

かつて経験のない心の痛み。
たとえば、40年も音信のない同級生の死より、一面識もないのに、日々、文字と写真とイイね だけのFBFの死が身近に感じるこの不思議。
SNSによる、新しいタイプの心の動揺を、まだ受け入れる用意はできていません。