少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

1162 卒業写真

6/17日曜日。本日は、愛知県知立市のあんまき高校の同窓会。
同級生のH君が経営する喫茶店に集まる予定。僕は名ばかりの幹事で、ほとんど何もしなかったが、最初っから張り切っていたトヨジのような奴もいれば、こういう会にはまず顔を出さないセンチメンタルボボ山みたいな奴もいる。
僕は・・・というと、所在がなく、ひどくだるい身体を、多少でも動かそうと思い、夕刻近く、軽装で散歩に出た。帰りにサントリーのオールフリー(ノンアルコールビア)でも買おうと、一応サイフも持って出た。
以前から少し気になっていた小料理屋さん、午後二時からやっている。ドアが半開きになっていて、覗くと妙齢の美人ママさんがいたので、吸い寄せられた。
狭い店内は四畳半くらいか。L字型のカウンター。詰めてもせいぜい7〜8人が限界だろう。常連客がひとり、またひとり、という感じ。
ママさんが熊本出身と聞き、麻梨花とつながる。「天草の中学生、いや高校生。可愛い子で僕のペンフレンド。文通してるんです」と僕が言う。
ビールを飲みホッピーに移行したころ、電話が鳴る。あんまき高校の同級生。
「おい、お前、なんでこーへんだ?」(三河弁=何で来ないのか?)
「諸事情が重なってな・・・」と僕。
そんな電話が、三度も四度も・・・。有り難い・・・。
本当を言えば、この日も新横浜の霊波之光教会へ参拝に行くつもりだった。
末期癌で入院中のOさんが、亡くなるなど、想定していなかったから、彼女のためにお祈りに行くつもりだった。クラス会には次回行けばいい。
彼女は木曜日に亡くなった。土曜日か日曜日に葬儀の予定だった。ご主人には携帯電話の番号を伝えておいたが、結局、連絡は来なかった。つまりはその程度の仲だった。それでいい。彼女を救えなかったことは、まだ温もる彼女のご遺体の耳元で、すでに詫びた。
彼女、両親も子供もいない。二人の兄とは昨年、縁を切ったそうだ。故郷の大阪から、あるいは店の客や関係者が見舞いに来たという話は聞いたことがない。ほぼ毎日のように病院に通った僕だが、結局、木曜日に3人の女性友達とお会いしただけで、それ以外、誰ともすれ違うことすらなかった。
その点、あんまき高校の連中は仲がいい。呼べばすぐに集まる。愉快だ。
憧れのS浦H美さんも来たぞ。「相変わらず、すっげー綺麗だ」と電話の野郎どもが報告しやがる。「おい、ちょっとだけH美と代われ」と野郎に催促する。
「まわりがうるさくて聞こえん。誰〜、安藤くん!」
「おお、S浦H美さん、僕のこと覚えててくれたの?」
「何言っとるの!当たりまえじゃん。今、どこ?なんで今日、来んの?」
「男にはいろいろ諸事情があってな。S浦さんにめちゃ会いたいんやけど」
「またまたまた〜」
他愛もない会話がやけに嬉しかった。
東京からわざわざ駆け付けた熱心なやつもいた。トヨジはミッションをちゃんと果たしたのだろうか?心配だ。
ふたたび、店に戻り、今度は新潟の八海山を常温であおる。秋刀魚の干物をつまみに炙ってもらう。
あんまき高校の連中やS浦さん、うふふさんの顔が、Oさんや麻梨花ちゃん、それに郁ちゃんの顔が浮かぶ。もちろん日本酒をあおるのはYURIを思い出すからだ。「山形の酒・・・置いてよ」とママさんに言ってみたりする。
外はまだ明るい。テレビでは誰も見ない笑点をやっている。
そんな日曜日の夕方。明日は一泊でパソコン不通の国鉄施設へ短い旅。あまり嬉しくない。また肉体的な苦痛を受けるからね・・・。
今夜はもう寝よう・・・。
ユーミンで「卒業写真」そして「最後の春休み」。あんまき高校のみんなへ。そして幹事さんへ。ご苦労さまでした。

追伸・・・あんまき高校の女生徒。今から思うと全体的にレベル高かったと思います。日々、不埒な気分で登校してたけど、授業中は窓際の一番後ろの席を指定席にして、寝てるか、窓から遥か向こうを走る東海道新幹線ばかり眺めていたし。放課後はラグビー部と野球部を掛け持ちしていたから、女子とは無縁だったな。
それでもたった一度だけ、部活がすべて終了した高三の秋の日曜日、00さんと一緒に海を見に行ったことがあるけど、彼女そんなこと、覚えているかな、ねえS浦さん?何を話していいのか、ぜんぜんわからなくて、ほとんど会話はなかったんだけどね。