4661 川崎劇場
7/19/18
そして資料館はお宝の宝庫。
現在では、川崎フロンターレが管理ですが、これではいけません。
国宝級の資料が野晒し状態です。T支配人と検討中。
安藤コレクションの展示も検討中。
企業側は「利益を生まない」と寝ぼけたことを言ってるようですが、無形文化財という言葉があるように、必ずしも、文化=金銭価値ではありません。
必ずやキチンと保存しましょう!
コメント
カワイさん「背番号45 奥江投手ですね!」
裏「さすが、河合さんビンゴです」
カワイさん「子供の頃「よく負ける投手だな」と思って見てました」
メグミハラさん「確か、張本3000本安打、ロッテ時代の川崎球場。右中間スタンド、ピンポン玉だったような。川崎球場と、南千住東京スタジアムは、とにかく外野にフライが上がればホームランで、投手泣かせでしたね。今は跡形もない、東京スタジアムもいろんな形で記録に残してほしいです。恐らく日本で初めての大リーグスタイルの球場で、内野も芝、2階席ぶら下がりで今では当たり前の個室VIPルームがあり、専用エレベータでコンパニオンのアテンドでのご案内でした。スコアボードも電光ではありませんでしたが、電動。しかし、外野フェンスがほぼ直線で膨らんでいないためフライ上がればホームラン!常磐線から、お化け煙突と東京スタジアムがモニュメントの風景で、ナイターの時は、近代的なスタジアムがカクテル光線でぽっかり浮かび上がり、それはきれいでした」
裏「原さん、九州なのにどうしてそこまで?まるで生き字引。今度、ゆっくり聞かせてください!」
メグミハラさん「実は、父が大学卒業後、東京で就職、亡くなった母と社内結婚、自分が生まれたのは品川、母実家近く、3歳から葛飾、中2になるとき、親父が佐賀の家業を継ぐので「帰国」、以降大学まで九州、親父同様、就職東京という境遇でしたので、東京の30年代、40年代の記憶もありますし、平和台のカネやん遺恨試合も目撃で、九州&関東の話題満載です!ちなみに、東京スタジアムのVIP席で大毎(だったと思います)オリオンズvs中西プレーイング監督の西鉄ライオンズを観戦したことありで、冬場、内野のスケートリンクに行ったこともあります!今度じっくり(笑)」