少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

552  霊波之光参拝

昨12/31日、午後7時より新横浜の霊波之光横浜支部の新年前夜祭の御参拝に行って参りました。千葉県野田市の本殿には何万人という信者の方が訪れると聞いていたので、そんな光景を想像していましたが、300人〜400人くらいの小じんまりした集会で、とても和やかな雰囲気でした。前夜祭と言っても、酒が振る舞われたり、鐘や太鼓が鳴るというものではなく、短いビデオが上映されたり、信者さんたちが10分程度の体験発表をしたりという2時間程度のものでした。
体験発表は5人の信者さんが行いましたが、特に心に残った3名の方の体験談を要訳して記しておきます。
(1)50代男性、建築業。20代のころより入信。30代で右足の骨に癌細胞が見つかり、良くて切断、転移が見つかれば最悪死亡という状況。しかし、癌が見つかった骨(膝付近)を削り、膝の上下の骨を移植し、切断もせず癌細胞も消え完治。その後40代で、建築現場で転倒。ヘルメットをかぶっていたにもかかわらず、強打のため、くも膜下出血、脳内出血、頭蓋骨骨折の重傷。運ばれた病院で医師から「今夜死ぬかも知れない」と宣告された重傷も、2週間で退院。リハビリ後職場に復帰。その後、勤めていた会社を辞め独立。建築業界不況の現在も仕事が途絶えることがない。
(2)60代女性。昨年8月に入信。それまで27年間他宗教の熱烈な信者。一日に4〜5時間も御題目を唱えるも不幸になるばかり。旦那は女をつくり、給料のほとんどを女に貢ぐ。息子は毎晩、家庭内で暴れ、女性が信仰する宗教の本尊を破壊し、毎晩のようにパトカーが来る日々。息子は就職したものの給料のすべてをギャンブルで一日で使い、素行も悪く会社をクビになる。見かねた友人の紹介(お導き)で霊波之光と出会い入信。まさにその晩、なんとその暴れん坊の息子が、家族が寝静まった深夜に、霊波之光の御本尊に手を合わせる姿を60代の母親が目撃する。そして、翌日、息子をクビにした会社から「もう一度頑張ってみないか」という電話が入り、職場復帰。すってんてんの息子に60代母親は一日の交通費と昼食代と言って2000円を渡すも、このギャンブル狂バカ息子は一銭も手をつけず貯金し、給料日に全額、母親に返したという。
しかも、母親がパートで23年間勤めた会社からの冬のボーナスが通常の2倍出たそうな。
(3)40代主婦、小4女児、高1男子の親子。小4女児が生後間も無く急性の白血病の一種を発症。余命数週間を宣告され、命が助かったとしても5年の生存率20〜40%。「重度の後遺症が残り、普通の生活はできません」と医師から宣告を受けた。主婦は神奈川在住だったが、秋田の祖母が霊波之光の信者であることを思い出し、すぐに入信。「やれることはすべてやった」という通り信仰を深めるごとに、赤子の症状は回復を続け、現在、小4女児はまったく正常に成長した。そんな中、当時小1だった兄は、両親の信仰と妹の病院通いのため夜9時までひとりで留守番。小学生の作文コンクールで妹のことを書き、応募総数1万2200人の中から、最優秀作品に選ばれた。現在高1だが、全校1500人の生徒会役員を務める。「自分は人前で話したり、リーダーになることは苦手な性格」と本人は言うが、これも運命のようだ。6歳違いの妹が病気になった時、枕元に霊波の神様(御守護神様)が降りてきて6歳の彼に「御書」の中にある言葉を言った。6歳の子どもが読んだはずもない「御書」の言葉をすらすらと言って両親を仰天させた。
以上です。かく言う僕も、来る1/10に横浜支部で体験発表の機会をいただきました。一度ならず二度までも足の切断を免れ、さらに今回は肺塞栓で、医師から「次は死にますから」と宣告されながらも、退院前日にその原因である血栓が発見され、治療できたこと。また、削られた足の指の骨が再生。「普通では考えられない現象」と医師をうならせた。当初全治まで3カ月の入院と言われましたが、その半分の期間で退院できました。
本日は横浜支部にて、お札の交換をして参りました。本日、明朝にコメントをいただきました宮崎県のTWさんも霊波之光の信者さんであることを知り、このブログを続けて良かったと心から思いました。
何をどう信じて良いのかまったくわけのわからない現代社会。情報過多ということもあるのでしょうが、僕は、そうではなく、そういうことは現在も過去も未来も同じではないかと思うのです。つまり、惑わされない心を持つのだと。そのためには多くの事実を知るべきです。いいことも悪いこともすべて含めて。迷わぬ心に恐るるべきものは何もないのだと僕は信じます。