少数派日記

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“安藤総理の少数派日記”

1854 さらばハーゲンのダッツくん2

ハーゲンダッツ」が北朝鮮のミサイル発射を「断念」させる材料になるという論拠は、第二次世界大戦時の名曲・リリー・マルレーンにある。


あなたも知ってるリリー・マルレーン=1915年にロシアへの出征を前にドイツの詩人ハンス・ライプ(Hans Leip)がベルリンのある兵営の営門に歩哨に立った時に創作した詩集『Das Lied eines jungen Soldaten auf der Wacht』(邦題・港の小さな手風琴)に収録されていた詩をもとに、第二次世界大戦直前の1938年に、作曲家ノルベルト・シュルツェ(Norbert Schultze)が曲をつけた。歌手のララ・アンデルセンの1939年2月に録音したレコードが、有名になった。


そして大戦下での流行


1939年に発売した当初、アンデルセンのレコードは60枚しか売れなかった。しかし、販売店に山積みになっていた売れ残りのレコードから、店員がドイツ軍の前線慰問用レコード200枚の中に2枚紛れ込ませた。それが1941年の秋に初めて流され、以後放送で繰り返しかけられて人気を得た。第二次世界大戦下の一時期、21時57分にベオグラードのドイツ軍放送局から流れるこの歌に、多くのドイツ兵が、戦場で耳を傾け故郷を懐かしみ、涙を流したといわれている。また、ドイツ兵のみならずイギリス兵の間にも流行したため、北アフリカ戦線のイギリス軍司令部は同放送を聞くことを禁じた。アンデルセンも、慰問で人気者になったが、長くはつづかなかった。1942年夏、アンデルセンの親しい関係にあったロルフ・リーバーマンがユダヤ人であったことが当局に知られ、アンデルセンの歌手活動が禁止され、アンデルセンの録音のレコードの原盤が廃棄される事態となる。「リリー・マルレーン」の歌と曲自体は、ヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相の指示により別バージョンが作られる。


安藤総理が生まれて初めて購入したオルゴールが、このリリー・マルレーンだったという。美しい音色に六感のすべてが反応したと思われる。
事実、第二次世界大戦中、ノルマンディー上陸作戦下、ナチスドイツと対峙する英仏連合軍も、午後21:57になると、傍受していたベオグラードからのドイツ軍の軍放送から流れるリリー・マルレーンを聞くために、双方とも爆撃を止め、一時的に殺戮を休戦したとされる。兵士たちは涙を流し、この唄が終わらないように、永遠に続きますように・・・と心底願ったそうだ。


今こそ北朝鮮に「ハーゲンダッツ」を送ってやれ・・・。
安藤総理からの提案である。


まだつづく