少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2431 from China19(日本人と宗教2)


Rieさんからの投稿は勉強になりますね。前回からの続きです。


ーーーーー以下引用記事ーーーーーー


初期の日本人は非常に霊性の高い人々だった


私たちは古代の日本人について調べてみるとき、彼らが霊性の非常に高い人々であったことを知ります。
今日、日本人の精神的荒廃が叫ばれて久しくなりますが、古代の日本人は、ある種の風格と高い霊性を持つ民族でした。
たとえば、初代天皇である神武天皇の生涯を日本書紀に読んでみても、神武天皇はつねに天の神を祀り、信仰していた人でした。
そして、「わがみおやの霊よ、天より降りみそなわし、我が身を照らし、助けたまえ」
と祈る敬虔、かつ謙虚な人物であったことがわかります。


神武天皇は、篤く天の神を敬う人だった。


神武天皇はまた、長随彦(ながすねひこ)に和議を拒まれたのみか、さんざんに攻めあぐまれたとき、言いました。
「私は日の神の子孫であるのに、日に向かって敵を討つのは、天道に逆らっている。一度は退却してたとえ弱そうに見せても、神をうやまい祀ろう。
背中に太陽を負い、日の神の威光をかりて、敵に襲いかかるのがよいだろう。このようにすれば、刃に血をぬることなく、敵はきっと敗れるだろう」と。
天皇は戦況の悪化の中にも、神を第一にして退却したのです。

彼は先祖の神を拝し、声高く雄叫びして祈願しました。こうして難をのがれたのですが、そののち神の祝福と導きがあって、戦況は一転し始めました。
そしてついに、長随彦の大軍勢も降伏し、国は平定されたのです。
神を第一とした神武天皇のこの敬虔さは、イスラエル民族の指導者ヨシュアにも比すべきものです。
ヨシュアも、天の神をあつく信仰しつつ、約束の地カナンを目指して民を率いた人物でした。
ヨシュアは、「先祖の神」すなわち「アブラハム、イサク、ヤコブの神」に祈りを捧げながら、その力を得て敵に打ち勝ちました。そしてついにカナンの地を平定しました。

確かに、ヨシュアの信じた神は唯一神ヤハウェであり、一方、神武天皇の信じた神は、日本書紀によれば多神教の神であるという違いはあります。
しかし、世界の多神教をいろいろ調べてみると、多神教を拝む人々というのは、これほどに高い霊性を持っていないのが普通なのです。一般に多神教は、みだらなものであったり、愚かしいものであったりするのが普通です。


ところが、神武天皇の信仰などを見てみると、その信仰は一神教の信仰に比すことができるほど、ひじょうに気高いものとなっています。あたかも、古代イスラエル人が唯一の神に対して抱いた信仰にも、似ていると言えるのです。
古代日本人は、「清く、明るく、さやけき(汚れなき)心」で、神に仕えようとしました。これは旧約聖書が教える神への信仰にも通じるものです。
原日本人は、非常に高い霊性――気高い宗教的情操を持っていました。その霊性は本来、多神教のものというよりは、一神教の信仰を偲ばせるものです。


ーーーーーー以上、まだ続きますーーーーーー


個々の生命体が、いつ、どこで誕生したかににより、その社会や、その個人が持つ宗教観は、まるで違ってきます。
すなわち、唯一神というものの、存在を知る故は困難であり、それが真実であるかどうかは確認できません。
ただ、個人的には、平和を提唱する「宗教」が、歴史的に見て、紛争や戦争の火種になることは、たとえ、それが、人間の為す仕業だとしても、納得しかねる部分であり、人類に知能を与えた瞬間(進化を遡ったとしても)に、このような過程(あるいは結末)は予約されていたことは、紛れもない事実であると確信します。


(つづく)