少数派日記

社会派エロブログ、少数派日記です。

“安藤総理の少数派日記”

2398 霊波之光通信24

2/26  2017  広州からです。一年365日、霊波之光の方より、信者さんの体験談がメールで送信されて来ます。少数派日記の読者様にお伝えしたいものだけを転載いたします。どんなに現代医療が発達しても、治癒し難い難病が現実として存在し、医療以外の何か、例えば宗教により改善、完治に導かれるという客観的事実があるのです。

   宗教嫌い、宗教アレルギー、いいじゃないですか?強要も強制も致しません。少数派日記は事実を伝えるのみです。メールは当然ながら匿名ですが、発信者及び、本人を特定することは可能です。同じ病に苦しまれる方のお役に立てれば幸いと思い、投稿いたします。

同日の投稿メールの転載です。


Aさんは19歳より腸が悪く入退院の繰り返し、20歳過ぎには頭痛がひどくテレビも見れず、30歳過ぎると蓄膿、痔、婦人科と次から次へと病におそわれていました。
何度死のうと考えたかわかりません。
家族の中では気随気儘で自由勝手に好き放題わがままを言って過ごしていました。
父親とも毎日のように喧嘩をしていました。
そんなAさんは、何か信仰に入って幸せになりたいと心の底から叫んでいました。
仏教も一生懸命やり、他の拝み屋さんなどたくさんやりましたが、どれもパッとせず段々悪くなり、あげくの果てリューマチが浮き出てきました。
体中痛みと熱でうなされ手足など変形してきました。顔も洗えず椅子で座る生活でした。
もういつ死んでも構わないと心に決めて生きていたAさんです。

Aさんの父親も腰が悪く2mも歩けな状態でした。
昭和59年にパンフレットが玄関に入っていたそうです。
Aさんが読んで教会に行き、昭和59年2月18日に入信して帰って来ました。
その日からあれ程ひどい痛みと歩けないでいた父親が走ることも出来るようになりまで治ったのです。
父親は喜び一杯で教会通いが始まりました。
父親に一度行こうと誘われましたが素直に信じることが出来ず、Aさんは断わり続けていました。
父親はこんなAさんをずっと祈っていてくれました。
Aさんのリューマチはひどくなり首も動かせなく背中もつまり眠れず、突然死のうという衝動に駆られましたが、助かる道があるはずと気付き、初めて御守護神様を求めました。
明日教会に行こう、一人で探して行こう、今日は近くの温泉に入りきれいにしてから行こうと決めました。
もしそこも同じなら次の日死のうと心に決めました。

昭和59年7月14日教会に行きました。
涙が流れて、鼻も流れて、畳に流れて困りましたが心はスッキリしたのです。
浄霊御祈願も頂きました。
その夜眠れました。痛みも和らぎ嬉しくなり毎日教会に通いました。
一日も休まず行けば行くほど痛みが無いのです。
感謝で一杯でした。
パンフレット布教も素直に「はい」と言って自転車で走りました。
空を見て「ありがとうございます!」と叫んで布教しました。
現在70歳を越えましたが、今も元気あゆませて頂いています。
御守護神様、二代様、ありがとうございます。

幸不幸の分かれ道は目の前にあり、私達は幸せへの道を教えてあげられる体験者です。

以上です。

 

私の場合はまだ軽度ですから泣き言の範疇ですが、肉体に慢性的な痛みがあるのは辛いですね。おまけに、佐村河内のいうボイラー室並みの耳鳴り、これもキツいです。

でも「 死ぬこと以外はかすり傷」と精一杯の強がりを言って、自分を慰めて寝たり起きたりしています。