597 再会上海10
なんとももの悲しいストーリーの結末だが、これが現実だ。中国では決して珍しい光景ではなく、むしろこれが日常だ。つまり信じられるものは、手にしたお金だけ・・・ということか。
急激な経済成長が張りぼてなのは、すでに世界が見抜いている。さりとて、その無秩序な経済の連鎖に加担しているのは世界であり、我々個人という否定できない悲し現実がある。無理を言う彼らも生活が困窮しており、彼らの立場からすれば「給料」を支払わない我々が「悪」なのだ。そういう思考だから約束とか契約などあってないようなもの。
「店がある時は、我々が店のためにいろいろやった。店が潰れたんだから、今度は店側が従業員のためにやる番だろ」とは彼らの理屈。もうお話にならない。どこまでも平行線だ。本来、日本でもどこでも倒産した企業や金の残らなかった会社から退職金や未払いの給料を法的に請求したとしても破産したところから回収はできないのが常識。「G」の親会社は日本にあるが、このようになる事態も想定してか、完全な独立会社として中国で起業した。されどK会長は給料未払いのまま逃げるようなことは絶対にしない。もちろんS店長もその分は銀行にプールしてある。しかし、彼らは一歩も引かない。最後は書類にサインしろ、店長のパスポートの番号を書けとまで言ってきた。
長い一日は中国人マネジャーがひとりずつ個人面談をして話をつけた。
「家賃が払えないから」と個人的に借金を申し込んできた輩もいた。もともとの給料日までは3週間もある。自己管理すらできない個人的な問題までも便乗して請求してくるのだ。
ひとりのウエイトレは故郷に帰る汽車賃がないからと大泣きしてマネジャーに300元(約4500円)を借りた。まだ20歳すぎくらいだろうか、ここへ来て日が浅いが、いつも最後まで残ってよく働いた田舎娘だ。目を真っ赤に泣きはらして出てゆく彼女に、僕は100元だけだが、餞別を渡した。
翌日、マネジャーが僕に言った。「安藤さん、私、騙されました。あの娘、昨日の夜の汽車で故郷に帰る言うたのに、実はまだ上海に居ました。ああ、私、すっかり騙されました」。
「それは、昨日帰る予定が他の日に変更されただけじゃないの、王さん?」
「違います、違います安藤サン。彼女、きっと故郷に帰らない。300元欲しかっただけです。嗚呼私、騙されました」
本当のところはよくわからない。どちらにせよ、滅入る日が数日間続いたことは事実だ。N料理長が一階で、従業員が店の物を勝手に持ち帰らないか見張り番をするなど、憂鬱な時間が流れた。
それもこれも含めて「同じ数の出会いと別れ」か、本当に「割り切れない」気分だ。