5100 スーさんの冬の居場所
12/18/17
本当にここは暖かい。薄い掛け毛布一枚でよく眠れる。
うちで働いてくれてたスーさんを思い出す。
この時期になるとスーさんは3〜4ヶ月、姿を消す。本当に忽然と。
春になると、またやってくる。「社長、また使ってください」
スーさんは働き者だ。なんでも良くやってくれる。「酒をやめたらちゃんと雇うよ」スーさんは本当に酒をやめた。
「社長、中では毎週土曜日の朝だけパンが出るんです。俺、そんなにパン好きじゃなかったのに、もう待ちどうしくて待ちどうしくて」スーさんは小洒落た今風のパンじゃなくてヤマザキの食パンがこの世で一番旨いという。
本当によく働いてくれる。時計もないのに時間通りに来る。
私はスーさんに小さな部屋を借りてあげた。保証人になったことで、スーさんは涙した。こんなことくらいで。
家財道具は中古で全て揃えた。風呂なしトイレ共同でも、スーさんは何年かぶりに屋根を得た。「これでもう、冬になってもあそこに戻らなくて済む。府中はいいけど、甲府は中にいても寒いんです」それでも星の下よりはマシという。
二年もしないうちにスーさんは忽然と姿を消した。
私の知り合いの飲食店経営者が「味の見れる職人が欲しい」という。京都の料亭で板を張っていたスーさんを私は推薦した。
面接は合格だった。「包丁捌きを見れば腕がわかる、味の方は信用する」と言ってくれた。「ただし、会社なので形式だけでいいから履歴書を持ってきて」と言われた。
給料もうちよりずっといい。食住付きだ。もちろん給金も。
スーさんは「社長、おおきに、おおきに」と私に何度も頭を下げた。白い短い毛だ。3日に一度、銭湯に行き、湯に浸かる。酒を飲んだらクビ、という私との約束もずっと守った。
翌日、珍しくスーさんが時間通りに来ない。初めてだ。
私はスーさんのアパートを訪ねた。居ない。
次の日も、その次の日も。
飲食店の社長から携帯が鳴る。「安藤、あの人いつから来てくれるの?」弱った。
部屋に上がると、何も書かれていないコクヨの履歴書があった。
スーさんは正直者だ。本当のことを書かなくてはいけないと思ったのだろう。そういう人だ。切なくなった。
もう寒い季節だった。
戻ろうと思えば戻れる場所がスーさんにはある。
世間は「くさい飯」というが住人は「住めばミヤコ」と言う。
店には迷惑をかけるが無銭飲食で居座る。酒を入れて気を大きくする。板の話を持って来なければ良かったのかと自責を問う。
冬の寒い東京、環七を眼下に見て、スーさんを思い出した。
それと、うちの軒先に居ついた黒い猫。
一時帰宅で家の玄関の段ボールを覗いたら、とても暖かそうな、けっこう新しいふかふかの毛布が敷かれてた。
偶然に会った1号女子大生に「猫は?」と尋ねると「ずっと帰ってない」とひと言。
何ヶ月ぶりの秒殺の会話でした。